少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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不安な夜

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 風呂から上がると、あとは寝るだけという心境になった。
 南那は入浴後も作業をしたが、小一時間ほどで片づけて「もう寝ましょうか」と声をかけてきた。

「作業の途中みたいだったけど、いいのかな。もしかして俺に合わせてくれた?」
「疲れているのに無理矢理手を動かすよりも、明日に回したほうが効率的ですから。それに、真一さんはわたし以上に疲れているんじゃないですか? もう眠ったほうがいいと思います」
「疲れているといえば疲れているけど、こっちに来てからはずっとごろごろしてるからねぇ。でもまあ、南那ちゃんに合わせようかな」
「それでは寝ましょう。ほんとうにもう、今日は疲れてしまったので」

 無表情でさばさばと受け答えする。真一は暇だったので、作業の模様を眺める時間は長かったが、南那の手つきは終始軽快だった。入浴後は、入浴前よりも調子がよさそうに見えた。気をつかってくれたんだろうな、と思ったが、好意に甘えることにする。

 真一は板張りの領域に、南那は作業場の隅に、それぞれ自分の布団を敷く。二つの空間に仕切りはない。布団に入ったまま顔を上げると、相手の寝床が、寝床に入った相手の姿が、暗闇に目が慣れているならば視界に映る。そんな彼我の位置関係だ。

「真一さん、おやすみなさい」
「はい、おやすみー」

 真一は寝床に潜り込むと、追いかけるように部屋の明かりが消えた。南那が布団に入るかすかな音。
 多少なりとも疲れはあったが、目は冴えていてすぐに眠れそうにない。
 環境が変わったから、ではない。真一はどこででも眠れる質で、徳島入りしてから入眠に苦労したことは一度もない。今後に対する不安が邪魔をしているのだ。

 地区長の咲子に、地区の住人たちに、真一は嘘をついた。超能力を使える、三日以内に必ず退治できると、大言壮語した。それがはったりだと露見すれば、どんな目に遭わされるのだろう。農具を武器のように構えた男たちの姿は、今も脳裏に鮮明に焼きついている。
 そして、人食い虎。ほんとうに竹林に住んでいて、出くわすなどという事態になれば、真一を待っている運命は確実な死だろう。

 真一はこれまでに何度か危ない橋を渡ってきたが、バッドエンドのリストに「プレイヤーの死」が含まれたクエストはこれが初めてだ。
 ただ、竹林に近づかなければ人食い虎には会わずに済む。虎の方からやって来たとしても、住人を囮にして逃走を図るなど、方策はいくらでもある。
 そう、逃げればいい。虎に襲われた場合も、住人に嘘がばれた場合も。

 真一はこれまでもそうしてきた。大事なのはなによりも我が身の安全。恥も外聞もない。保身のためにその二つを簡単に捨てられる人間だからこそ、あこぎな方法で金を稼ぎながらも二十五年間生きてこられた。
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