少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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手作りの夕食

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 しばらくすると新たな訪問者が現れた。中年から初老に属する男性四名で、真一のために必需品の数々を運んできてくれたのだ。

 真一と南那も運び込むのを手伝った。真一の身分と小毬に滞在する理由は、地区長である咲子から住人たちへと伝達されたようだ、いちいち説明する手間は省けたのはありがたかった。
 必需品を運んできた住人たちも、人食い虎に悩まされているはずだが、真一にはしゃべりかけずに自分の仕事を淡々とこなす。虎退治に関してみだりに質問してはならない、といった指示が咲子から下っているのかもしれない。ただ、救世主に好意的な感情を抱いているらしく、真一に対するちょっとした態度や発言からそれが伝わってきた。

 彼らが去ると、南那は夕食作りに取りかかった。

「僕になにかできることはない? 泊めてくれるお礼に手伝いたいな」
「好意だけありがたく受けとっておきます。客人に汗をかかせるわけにはいきませんから」

 エプロン姿の南那は、てきぱきと動く後ろ姿を真一に見せつけながら、マニュアルどおりにといったふうにそう返答した。菜箸でボウルの中身をかき混ぜたり、包丁で食材を刻んだりする手つきは、日常的に料理を作っている人間のそれだ。
 夕食は牛肉のしぐれ煮をメインに、複数種類の副菜が並ぶ、彩り豊かな献立となった。

「美味しい! どのおかずも美味しすぎるよ、南那ちゃん」

 真一は「美味しい」の一言を馬鹿の一つ覚えのように連呼しながら、次から次へとおかずを口に運ぶ。
 副菜の多さのわりに、準備に費やす時間が短かった。その謎について南那に質問してみると、保存がきく作り置きの料理をいくつか冷蔵庫にストックしていて、それを出したという。

「なるほどね。主婦の知恵ってやつだ」
「父親と二人で暮らしていたときから、食事作りはわたしが担当していましたから」

 南那は他人事のような口ぶりでそう答え、きゅうりの甘酢漬けを控えめな咀嚼音で噛み砕く。虎に殺されたという父親について、いくつか質問してみたい気持ちはあったが、

「金も持たずに旅をしていると、食事はどうしても貧しくなるから、栄養バランスがとれた食事をとれるのはありがたいよ。皿数が多いと作るほうは大変だろうけど――」

 地雷を踏みたくなかったので、料理の話題を今しばらく続けることにした。
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