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竹細工
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南那に茶のおかわりをすすめられたが、咲子の家で一杯飲んでいたので辞退し、もてなしに礼を述べた。彼女は卓袱台の上を手早く片づけ、奥の部屋の畳の上に膝を揃えて座った。
左右それぞれの手に竹ひごを持ち、器用に絡ませながら組み合わせていく。二本が一体となったものに、別の一本を編み込んでいく。指づかいは滑らかで、動きに無駄がない。漫然と眺めているだけでも、悠然と毛繕いに耽る猫を眺めているような心地よさを感じる。
「上手いね。趣味の範疇を超えているように感じるけど」
「仕事です。ふもとの町に工芸品を買いとってくれる店があるので、完成した作品をそこに納めて、報酬をいただいています。材料を調達したり、作品を町まで持っていったりしてもらうのは、他の人に代行してもらっているんですけど」
「そうなんだ。いくらくらいで売れるの? 儲かる?」
真一は借金の返済に窮した挙げ句に四国までやって来た。ごく自然にそんな疑問を口にしていたが、僧侶にあるまじき煩悩にまみれた発言だと気がつき、冷や汗が噴き出した。しかし南那は微塵も気にする様子はなく、
「当然ですが、作品の種類と出来によって報酬には差が出ます。そもそも、一度に数点まとめて買いとってもらって、合計金額を受けとるという形なので、一点につき何円なのかはわたし自身も曖昧で。
後者の質問について答えると、なんとか食べていける程度には収入を得ています。一つ完成させるのに時間はかかるけど、その分買い取り額も高いので」
「なるほどね」
生活という言葉を聞いて、そういえば南那の家族はどこにいるのだろう、という疑問が芽生えた。それが引き金となり、「父親は亡くなっている」という咲子の発言を思い出した。
室内をざっと観察したかぎり、置かれている私物は彼女一人分だけだ。
南那は中学生か高校生。一人暮らしをするには少し早い気がする。
事情が気にならないといえば嘘になるが、知り合ってまだ半時間も経っていない人間に気軽に投げかけられる疑問ではない。機械のように淡々としている彼女のことだから、顔色一つ変えずに答えてくれそうではあるが、今は胸にしまっておくことにする。
会話が途絶えた。
真一は作業に励む南那の手元を見つめる。言葉をやりとりしているあいだは指の動きが少し緩んでいたが、途絶えるとただちに速度を回復した。動きは無駄が排除されていて、滑らかゆえに単調で、彼は眠気を覚えはじめた。疲労感、満たされた小腹、心身ともに落ち着ける環境――睡魔が来訪しないほうが不自然だ。
「南那ちゃん、眠くなってきたから少し横になってもいいかな」
「まだ布団がありませんが、平気ですか。わたしのものを貸しましょうか」
「さすがに女の子のものは借りられないよ。少し眠るだけだから、大丈夫」
その場に横になると、待っていましたとばかりに眠気が勢力を増した。真一は目を瞑って生理現象に身を委ねた。
左右それぞれの手に竹ひごを持ち、器用に絡ませながら組み合わせていく。二本が一体となったものに、別の一本を編み込んでいく。指づかいは滑らかで、動きに無駄がない。漫然と眺めているだけでも、悠然と毛繕いに耽る猫を眺めているような心地よさを感じる。
「上手いね。趣味の範疇を超えているように感じるけど」
「仕事です。ふもとの町に工芸品を買いとってくれる店があるので、完成した作品をそこに納めて、報酬をいただいています。材料を調達したり、作品を町まで持っていったりしてもらうのは、他の人に代行してもらっているんですけど」
「そうなんだ。いくらくらいで売れるの? 儲かる?」
真一は借金の返済に窮した挙げ句に四国までやって来た。ごく自然にそんな疑問を口にしていたが、僧侶にあるまじき煩悩にまみれた発言だと気がつき、冷や汗が噴き出した。しかし南那は微塵も気にする様子はなく、
「当然ですが、作品の種類と出来によって報酬には差が出ます。そもそも、一度に数点まとめて買いとってもらって、合計金額を受けとるという形なので、一点につき何円なのかはわたし自身も曖昧で。
後者の質問について答えると、なんとか食べていける程度には収入を得ています。一つ完成させるのに時間はかかるけど、その分買い取り額も高いので」
「なるほどね」
生活という言葉を聞いて、そういえば南那の家族はどこにいるのだろう、という疑問が芽生えた。それが引き金となり、「父親は亡くなっている」という咲子の発言を思い出した。
室内をざっと観察したかぎり、置かれている私物は彼女一人分だけだ。
南那は中学生か高校生。一人暮らしをするには少し早い気がする。
事情が気にならないといえば嘘になるが、知り合ってまだ半時間も経っていない人間に気軽に投げかけられる疑問ではない。機械のように淡々としている彼女のことだから、顔色一つ変えずに答えてくれそうではあるが、今は胸にしまっておくことにする。
会話が途絶えた。
真一は作業に励む南那の手元を見つめる。言葉をやりとりしているあいだは指の動きが少し緩んでいたが、途絶えるとただちに速度を回復した。動きは無駄が排除されていて、滑らかゆえに単調で、彼は眠気を覚えはじめた。疲労感、満たされた小腹、心身ともに落ち着ける環境――睡魔が来訪しないほうが不自然だ。
「南那ちゃん、眠くなってきたから少し横になってもいいかな」
「まだ布団がありませんが、平気ですか。わたしのものを貸しましょうか」
「さすがに女の子のものは借りられないよ。少し眠るだけだから、大丈夫」
その場に横になると、待っていましたとばかりに眠気が勢力を増した。真一は目を瞑って生理現象に身を委ねた。
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