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地区長の家
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真一は身勝手ながら、竹林を切り拓いて作られた狭隘な空間に、かやぶき屋根の木造家屋が狭苦しく建ち並ぶ光景を想像していた。
案内された実際の小毬は、思い描いていたよりもずっと広々としていた。たしかに家屋は木造ばかりだし、古さは感じるが、荒れてもいないし朽ちてもいない。民家と民家のあいだには畑が広がっていて、栽培されている野菜の種類は様々だ。
農作業に励んでいる者。路傍で立ち話をしている者。庭仕事をしている者。
山の中にある村を構成する一地区だと考えれば、普通も普通。広がっているのは、ただただ牧歌的な光景。
「……と、言いたいところだけど」
真一は自分以外には聞きとれない声でひとりごちる。
小毬に到着してからずっと気になっているのが、人々から注がれる視線。
どこにいようと、なにをしていようと、誰であろうと、真一の姿を認めた住人たちはもれなく手を止め、しゃべるのをやめ、一心に彼を見つめるのだ。感情が抜け落ちた光のない瞳、能面を思わせる表情のない顔で。
俺がよそ者だからだろうな、と真一は決めつける。
これだから田舎者は嫌なんだ。保守的で、排他的で、警戒心ばかりが強くて。『道草』の主人公のように山道を歩いているあいだは、ネガティブな視線とは無縁でいられたのに。この小毬とかいう地区の住人は、遍路に対して敬愛の念を持たないのだろうか?
進行方向にひときわ立派な木造住宅が建っていると思ったら、「地区長の自宅だ」と男たちの一人が言った。
白髪頭がインターフォンを鳴らす。十秒ほどで「ぶつり」という音がして、二つの世界が繋がった。
「地区長、ご無沙汰しています。楠本です」
白髪頭が名乗る。レスポンスは、ない。
「突然で申し訳ないけども、地区長に会わせたい人がいるんです。虎退治に協力してくれると言っていて」
『虎退治? どちらさま?』
聞こえてきたのは、芯に警戒心がこもっているが、落ち着きが感じられる女性の声。十代の瑞々しさはないが、中年の老け具合ではない。二十代なかばから三十代後半、と真一は見当をつける。
「お坊さんです。まだ若いけど、どうも偉いかたみたいです。超能力――いや、法力と言っていたかな。とにかく虎を退治できる力が使えるらしいので、地区長さんには一回そのかたと会ってもらって、話を聞いてほしいんだけど」
おいおい――真一の眉間に深く皺が寄る。
超能力とか法力とか、そういう胡散臭い言葉を口走るなよ。言わなきゃいけないのだとしても、ぎりぎりまで伏せておけ。せっかくの食事と宿を逃したらどう責任をとるつもりだ、このじいさんは。交渉術ってものが分かってないなぁ。これだから素人は困るんだよ、素人は。いや、俺もプロじゃないけど。
女性からの返事はない。
ほら見ろ――真一は危うく舌打ちをするところだった。沈黙に耐えられなくなったらしい楠本がなにか言おうとした。それを制するかのように地区長が発言した。
『いいでしょう。そのお坊さんに中に入ってもらって。楠本さんたちは速やかに自分たちの仕事に戻ってください』
楠本たちは真一をちらちらと振り返りながら去っていく。玄関ドアに体の向きを戻すと、切れたと思っていたインターフォンのスピーカーから声が聞こえてきた。
『施錠はしていないので、勝手に入ってください』
不用心だな、と思う。田舎には戸締りの習慣がない地域もあるらしいと聞いたことがあるが、令和のご時世にまさか実在するとは。
案内された実際の小毬は、思い描いていたよりもずっと広々としていた。たしかに家屋は木造ばかりだし、古さは感じるが、荒れてもいないし朽ちてもいない。民家と民家のあいだには畑が広がっていて、栽培されている野菜の種類は様々だ。
農作業に励んでいる者。路傍で立ち話をしている者。庭仕事をしている者。
山の中にある村を構成する一地区だと考えれば、普通も普通。広がっているのは、ただただ牧歌的な光景。
「……と、言いたいところだけど」
真一は自分以外には聞きとれない声でひとりごちる。
小毬に到着してからずっと気になっているのが、人々から注がれる視線。
どこにいようと、なにをしていようと、誰であろうと、真一の姿を認めた住人たちはもれなく手を止め、しゃべるのをやめ、一心に彼を見つめるのだ。感情が抜け落ちた光のない瞳、能面を思わせる表情のない顔で。
俺がよそ者だからだろうな、と真一は決めつける。
これだから田舎者は嫌なんだ。保守的で、排他的で、警戒心ばかりが強くて。『道草』の主人公のように山道を歩いているあいだは、ネガティブな視線とは無縁でいられたのに。この小毬とかいう地区の住人は、遍路に対して敬愛の念を持たないのだろうか?
進行方向にひときわ立派な木造住宅が建っていると思ったら、「地区長の自宅だ」と男たちの一人が言った。
白髪頭がインターフォンを鳴らす。十秒ほどで「ぶつり」という音がして、二つの世界が繋がった。
「地区長、ご無沙汰しています。楠本です」
白髪頭が名乗る。レスポンスは、ない。
「突然で申し訳ないけども、地区長に会わせたい人がいるんです。虎退治に協力してくれると言っていて」
『虎退治? どちらさま?』
聞こえてきたのは、芯に警戒心がこもっているが、落ち着きが感じられる女性の声。十代の瑞々しさはないが、中年の老け具合ではない。二十代なかばから三十代後半、と真一は見当をつける。
「お坊さんです。まだ若いけど、どうも偉いかたみたいです。超能力――いや、法力と言っていたかな。とにかく虎を退治できる力が使えるらしいので、地区長さんには一回そのかたと会ってもらって、話を聞いてほしいんだけど」
おいおい――真一の眉間に深く皺が寄る。
超能力とか法力とか、そういう胡散臭い言葉を口走るなよ。言わなきゃいけないのだとしても、ぎりぎりまで伏せておけ。せっかくの食事と宿を逃したらどう責任をとるつもりだ、このじいさんは。交渉術ってものが分かってないなぁ。これだから素人は困るんだよ、素人は。いや、俺もプロじゃないけど。
女性からの返事はない。
ほら見ろ――真一は危うく舌打ちをするところだった。沈黙に耐えられなくなったらしい楠本がなにか言おうとした。それを制するかのように地区長が発言した。
『いいでしょう。そのお坊さんに中に入ってもらって。楠本さんたちは速やかに自分たちの仕事に戻ってください』
楠本たちは真一をちらちらと振り返りながら去っていく。玄関ドアに体の向きを戻すと、切れたと思っていたインターフォンのスピーカーから声が聞こえてきた。
『施錠はしていないので、勝手に入ってください』
不用心だな、と思う。田舎には戸締りの習慣がない地域もあるらしいと聞いたことがあるが、令和のご時世にまさか実在するとは。
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