少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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欲しいもの

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 その日から一週間が経ったが、現時点ではこれというご利益は得られていない。

 遍路向けに用意された無料、あるいは格安の宿泊所を利用することで、宿泊費は浮かせられた。金銭的にひっ迫しているとそれとなくほのめかすまでもなく、道で偶然出会った地元住人らしき老若男女から、食料品などの施しを受けた。
 七日目にもなると当たり前になりつつあるが、初めて好意を受けたときは感動した。高速バスで移動中に遍路文化を調べる中で見た、お接待とはこういうことだったのかと、誇張ではなく涙ぐみそうになった。

 ただ、それはマイナスだった心に少しばかりのプラスが供給され、ゼロへとわずかに近づいたに過ぎない。最大の問題である借金苦の解決には結びつかない、その場しのぎの好意に過ぎないと、真一が気づくまでにそう時間はかからなかった。彼は失望し、絶望した。

「けっきょくのところ、俺が欲しいのは――」

 宝くじの一等なのだ。一から人生をやり直してみようか、という前向きな気持ち。楽に大金を稼げる仕事を紹介してくれる人間との出会い。そんな己にばかり都合のいい瞬間を、体験を、出来事を求めている。
 高額当選を期待して、なけなしの資金を投じて宝くじを買うくらいに、真一は阿呆だ。しかし、一等を引き当てる確率がおぞましいまでに低いこと知らないほど、阿呆ではない。

 電話線が切れた電話機が鳴るのを待つような絶望。それこそが、疲労感以上に彼の顔を歪ませている要因に他ならなかった。

 山道は緩やかながらも着実に傾斜を増していく。次の一歩を踏み出すまでのインターバルが長くなる。脚を動かすだけでもだるいし、汗ばかり出る。

 今にもつぶれそうなうどん屋で昼食をとってから、時折休憩を挟みながらもずっと歩きつづけている。人間の姿を最後に見かけたのはうどん屋の店内。大学生らしき若い男女の遍路四人組で、騒々しく談笑していた。
 先にその四人組が出立し、五分遅れで真一も出た。目指している方角は同じはずだが、彼らの背中は一度も見ていない。
 複数の点が同じ方向を目指して線を引いているのに、繋がらない、交わらない。

 風が吹き抜けるたびに青葉がざわめく。心細さにも似た寂寥感は高まる一方だ。自分以外の人間と出会えないから、さびしい。そう説明するよりも一段深いさびしさ。

 同行二人、という言葉がある。四国八十八か所巡礼においては、弘法大師が共にいるという意味らしい。
 真一は今のところ、超自然的な存在を近くに感じたことは一度もない。

 弘法大師は金剛杖に宿るとされている。真一が今も右手に握りしめているその杖からは、音がうるさいので鈴を取り外していた。弘法大師が仮に鈴に宿るのだとしても、今さら拾いに戻るわけにはいかない。捨てた場所は、一番札所に到着するよりも早い空き地の草むらだった。距離的にはもちろん、心理的にも後戻りはしたくない。
 だからといって、惰性を頼りに道を愚直に歩きつづけたとしても、利益を得られるとは思えない。

「なにをやっているんだ、俺は……」
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