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二・三秒の間があって、住友さんは首を縦に振った。タイムラグこそあったけど、動作から感じられる迷いのなさと、引きしまった顔つきから、本心なのだとわかった。
一方で、いつになったら問題の解決策が示されるのか、じれったく思っている気配も伝わってくる。
最低限これだけは言わないと、という項目はきちんと胸に刻んできた。説明する順序や言い回しだって、ちゃんと予習してきた。
ただ、誰かと一対一で、しかもある程度長い時間やりとりすると、事前に用意していた計画表なんてすぐに使い物にならなくなる。もっと綿密に計画を立てていたとしても、タイムリミットを迎えるのを多少遅らせられるだけで、けっきょくは無用の長物と化していただろう。
会話というのは、血の通った人間同士の言葉のキャッチボールだ。こんな言葉を返してくるだろうな、こんな反応が示されるだろうな、と事前に予測していても、呆気なく裏切られる。簡単に脱線してしまうし、こちらの言い回しよりもあちら表現のほうが相応しい、といった修正点が次々に出てくる。
大げさに言ってしまえば、スリリング。ひとときも安心できなくて、冷や汗を流すこともしばしばある。
だからこそ、人との会話は面白いのだ。この感情は、別人格らしく見せたもう一人の自分との対話では、絶対に生まれない。
「だから住友さんも、大切だと思う人には、隠していることは言ったほうがいいよ。というよりも、言うべきだよ。住友さんのためになるのは、住友さんが幸せになれるのは、絶対にそちらの道だから」
「ちょっと待って。私、香坂に隠しごとなんて、もう一つも――」
「僕に対してじゃなくて、友だちに対してだよ。羽生田さんたち四人にってこと」
「ごめん、わからない。どういう意味?」
「住友さん、友だちと付き合うのが苦痛なんでしょ。だったら、『あなたたちと付き合うのは苦痛です』って、思いきって正直に打ち明ければいい。住友さんは図書館で、本人に言えるわけがないって言ったけど、むしろ本人だからこそ言うべきだよ」
住友さんは絶句している。予想していたとおりの反応だ。
「もちろん、喧嘩腰に言うのはだめだよ。みんなと仲よくしたい気持ちはあるけど、今のままでは苦痛だから、もっと上手に付き合える方法をいっしょに考えてほしい。そう言えばいいんだよ」
住友さんの唇はひくついている。声は発せられない。反論したいが考えがまとまらないのかもしれない。
「住友さんは、だんだん人格が分裂していっている、と言っていたよね。だったら、自分の手で一つにまとめちゃえばいいんだよ。本音を口にするほうの住友さんに。孤立するのが怖い、とも言っていたけど、四人が住友さんの本心を理解してくれれば、どちらの問題も一挙に解決できるよね。だから――」
「ちょっと。香坂、ちょっと待って」
いら立ち混じりの声に遮られた。
「なんでそんなことしなきゃいけないの? そもそも私、あの子たちと無理に仲よくなんてなりたくないんだけど」
「いや、それは違う。住友さんは絶対、四人と仲よくしたいっていう気持ちを持っているよ」
「なんでそう言い切れるわけ? 意味がわからないんだけど」
住友さんの顔つきはだんだん険しくなる。
でも、怯まない。考えは曲げない。
一方で、いつになったら問題の解決策が示されるのか、じれったく思っている気配も伝わってくる。
最低限これだけは言わないと、という項目はきちんと胸に刻んできた。説明する順序や言い回しだって、ちゃんと予習してきた。
ただ、誰かと一対一で、しかもある程度長い時間やりとりすると、事前に用意していた計画表なんてすぐに使い物にならなくなる。もっと綿密に計画を立てていたとしても、タイムリミットを迎えるのを多少遅らせられるだけで、けっきょくは無用の長物と化していただろう。
会話というのは、血の通った人間同士の言葉のキャッチボールだ。こんな言葉を返してくるだろうな、こんな反応が示されるだろうな、と事前に予測していても、呆気なく裏切られる。簡単に脱線してしまうし、こちらの言い回しよりもあちら表現のほうが相応しい、といった修正点が次々に出てくる。
大げさに言ってしまえば、スリリング。ひとときも安心できなくて、冷や汗を流すこともしばしばある。
だからこそ、人との会話は面白いのだ。この感情は、別人格らしく見せたもう一人の自分との対話では、絶対に生まれない。
「だから住友さんも、大切だと思う人には、隠していることは言ったほうがいいよ。というよりも、言うべきだよ。住友さんのためになるのは、住友さんが幸せになれるのは、絶対にそちらの道だから」
「ちょっと待って。私、香坂に隠しごとなんて、もう一つも――」
「僕に対してじゃなくて、友だちに対してだよ。羽生田さんたち四人にってこと」
「ごめん、わからない。どういう意味?」
「住友さん、友だちと付き合うのが苦痛なんでしょ。だったら、『あなたたちと付き合うのは苦痛です』って、思いきって正直に打ち明ければいい。住友さんは図書館で、本人に言えるわけがないって言ったけど、むしろ本人だからこそ言うべきだよ」
住友さんは絶句している。予想していたとおりの反応だ。
「もちろん、喧嘩腰に言うのはだめだよ。みんなと仲よくしたい気持ちはあるけど、今のままでは苦痛だから、もっと上手に付き合える方法をいっしょに考えてほしい。そう言えばいいんだよ」
住友さんの唇はひくついている。声は発せられない。反論したいが考えがまとまらないのかもしれない。
「住友さんは、だんだん人格が分裂していっている、と言っていたよね。だったら、自分の手で一つにまとめちゃえばいいんだよ。本音を口にするほうの住友さんに。孤立するのが怖い、とも言っていたけど、四人が住友さんの本心を理解してくれれば、どちらの問題も一挙に解決できるよね。だから――」
「ちょっと。香坂、ちょっと待って」
いら立ち混じりの声に遮られた。
「なんでそんなことしなきゃいけないの? そもそも私、あの子たちと無理に仲よくなんてなりたくないんだけど」
「いや、それは違う。住友さんは絶対、四人と仲よくしたいっていう気持ちを持っているよ」
「なんでそう言い切れるわけ? 意味がわからないんだけど」
住友さんの顔つきはだんだん険しくなる。
でも、怯まない。考えは曲げない。
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