秘密

阿波野治

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「そういう機械みたいな対応をとりつづけているうちに、相手や状況に合わせて、スイッチのオンとオフを切り替えるように裏表を使いわけるようになって。さっき言った、自分が二人に分裂していっているっていうのは、ようするに、それが常態化しそうで怖いという意味ね。
 そうなってしまったら、私はある意味楽になれるのかもしれないけど、やっぱり怖い。だって、それってつまり、学校にいるときの私は死んでいるも同然なわけでしょ。
 したくもない友だち付き合いのために、なんで一日の三分の一も死んでいなきゃいけないの? 寝ているときを含めたら、三分の二も死ぬんだよ。おかしいでしょう。これは、私の人生なのに」

 感情のこもっていない、平板な声で住友さんは語る。
 感情をこめているつもりなのに反映されていないのか。それとも、意識的に排除しているのか。
 たしかなのは、涙声で訴えたり、怒気の宿った声で捲くし立てたりするよりも、よっぽど迫力があるということだ。
 実際、僕は束の間、呼吸することさえも忘れていた。

「香坂にこの話をしたのは、周りの人間の中で一番信頼できそうで、力になってくれそうで、なおかつ話しやすそうだったから。失礼な言いかたをするなら、消去法ね。
 でも、仕方ないでしょう。悩みを打ち明けてもいいと思える人間なんて、私の周囲には一人もいない。
 だからといって、あの子たちに直接、実はあなたたちの前では演技をしていました、友だちのふりをしていましただなんて、言えるわけがない」

 話しはじめてから初めて、住友さんは僕の顔を直視した。僕は首を縦に振った。

「消去法と言ったけど、完全にそうというわけではもちろんなくて、ちゃんと香坂の人となりを見て判断したから。香坂、頭いいし、真面目でしょ。いっしょにごはんを食べてみて、話をちゃんと聞いてくれる人だってわかったし。候補となる人が他にいなかったという事情が一番なんだけど、香坂ならきっと力になってくれるっていう思いがあったのもたしかだから。それは信じて」

 他人から頼りにされている。
 住友さんから頼られている。
 ――この僕が。

「だから香坂には、私の話を聞くだけじゃなくて、知恵を貸してほしいの。羽生田さんたちの前でこれ以上演技を続けるのは嫌だけど、みんなから孤立したくない。このジレンマにどう決着をつけたらいいのかを、香坂にも考えてほしいの」
「ジレンマに決着をつける……」
「何日後までに解決策を見つけろだなんて、プレッシャーをかけるつもりはない。ただ、今日みたいにいっしょに過ごす時間を作って、私と話をしながら、いろいろアドバイスをしてほしい。そうすれば、すぐに解決は無理かもしれないけど、だんだんいい方向に向かうはずだから」

 悩みがあるなら相談して。
 住友さんは友だちと僕に合計二回、そう声をかけられた。二度とも強い口調で疑惑を否定して、好意を断固として拒絶した。
 友だちに直接関係する悩みだから、友だちの前では打ち明けられなかった。そして、クラスメイトの一人に過ぎない僕は信用ならないから、最初は怒りさえ見せて追い払った。
 だけど、後日、僕と言葉を交わす機会が何度かできた。その結果、信頼するに足る人間だと判明した。そして今日、抱えこんでいたものについて打ち明けた。

 悩みなんて抱えていない!
 そうきっぱり断言した住友さんが、今日に至るまでのあいだ、なにを思い、なにを考えながら過ごしてきたのか――想像するだけで目の奥が熱くなる。
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