秘密

阿波野治

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「心理学に関する知識を得るにはよさそうな本だね。もしかして、将来はそれ関係の仕事に就きたいとか?」
「ううん、そんなんじゃないよ」
 ちょっとびっくりしてしまうくらい激しく、住友さんは頭を振った。

「なんとなく興味があるから読んでるだけだから。ていうか、香坂も本、持ってくればいいのに。一冊を選べないなら、何冊かまとめてとか」
「目移りしちゃって、候補をある程度絞ることもできなくて」
「それは優柔不断だね。自覚はないのかもしれないけど。香坂はどんなジャンルの本が好きなの?」

 来た。おそれていた質問が、とうとう。

「そうだね。割となんでも読むけど……」
 返答に窮した僕は、親に連れられて図書館を訪れていたころの記憶を探った。わがままがある程度通るぶん、今よりも行動範囲が広くて、興味の対象も広かったあの時代、僕はどんな本を読んでいたんだっけ?

「――人形。人形の本は昔よく読んだね」
「人形?」
 僕は深くうなずく。清水の舞台から飛び降りる思いでの告白だったのだけど、せいぜい鼓動が少し速くなったかな、程度。頬は熱くないし、住友さんの目を見ながら会話ができている。

「母親が子どものころによくかわいがっていた人形が、家に置いてあってね。僕は子どものころによくそれで遊んでいたんだ。男の子向けのオモチャも買い与えられていたし、趣味とか好みとかが女の子っぽい、というわけではなかったんだけど。さびしさをまぎらわせるために、家にあるもので手当たり次第に遊んだから」

 住友さんは神妙な面持ちで聞いている。僕の過去を、僕が認識している以上にシリアスに捉えているらしい。さびしさをまぎらわせる、という表現が少し大げさだったかもしれない。
 でも、話すのをやめようとは思わない。恥ずべき告白ではないと思ったし、住友さんなら絶対に最後まで真剣に聞いてくれるという確信があった。

 それに、秘めていた事実を告白するのはとても心地いい。二人きりで、他に聞いている者がいない、という環境が大きいのだろう。友人といっしょにいる場で「悩みがあるなら相談して」と言われたことに住友さんは怒ったけど、その気持ちがわかる気がする。

「人形の本を読んだのはその影響だね。フランス人形とか、日本人形とか、世界各国の人形をカラー写真つきで紹介している本で。子ども向けの本だから、説明文は最小限で、写真がページに大きくのっている、みたいな構成だった。うちにあるのと同じ人形はのっていないかなと思って、真剣にページをめくったんだけど、残念ながらどこにもなかったよ。同じ本なんだから、何度も見ても結果は同じなのに、図書館に来るたびに眺めていた記憶があるね。精神的に成長して、僕を取り巻く環境も変わって、いつの間にか人形では遊ばなくなっていたけど」

 現在読む本について尋ねられているのに、昔よく読んでいた本について語っているちぐはぐさには、もちろん気がついていた。それを指摘されると困るな、という思いもある。一方で、指摘されたらそのときは、「文字だけの本は実はあまり読まない」と正直に告白しよう、という開き直りの気持ちも生まれていた。

「じゃあ、それ関係の本を読めばいいんじゃない。今はもう人形には興味ないっていう話だけど」
「そうだね。それがいいかもしれない。今でも同じ本が置いてあるのかは、ちょっとわからないけど」
「香坂が子どものころ利用した図書館って、もしかしてここなの?」
「うん。県立図書館は遠かったし、蔵書の数も大きく劣っているわけじゃないから、図書館に行くとしたら市立図書館のほうだったよ」
「じゃあ一回、念入りに探してみれば。もしかしたらまだ置いてあるかも」
「そうだね。見てくるよ」
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