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しおりを挟む鳴りはじめたチャイムが鳴りおわるよりも早く、僕は教室を出る。
右手には母親手製の弁当をくるんだ水色の包み。左手には黒一色のシンプルな水筒。
昼休みに入ってまだ一分も経っていないのに、早くも混雑しはじめた廊下を進み、階段を下りる。
校舎を出て、校庭の隅を目指す。
壁を作るように並んで生えた木の裏側に、粗末な木製ベンチがぽつんと置かれている。そこが僕の目的地だ。
この場所を発見して以来、僕は雨の日以外はほぼ毎日、このベンチに腰かけて昼食をとっている。
この場所のいいところは、なんといっても人気がないことだ。訪問する生き物といえば、昆虫か鳥くらいのもの。単純に屋外で食事をとりたい生徒は、ベンチの数が多くて日当たりがいい中庭に行っているらしく、先客がいた試しはない。食べているところに誰かがやって来たことも、今のところない。正真正銘の特等席というわけだ。
教室で一人さびしく食べるのが耐えがたくて、逃げてきたわけではない。たしかに、食事をともにする友だちはいないけど、僕がここに来る目的は他にある。
座面に落ちている木の葉を軽く手で払って、腰を下ろす。包みをほどいてフタを開けると、昨夜の残り物と冷凍食品が中心ながらも、彩りと栄養バランスが最低限配慮された、標準体型の中一男子が満足できる量の弁当の中身が露わになった。何口か食べてから、夏服の胸ポケットからスマホを取り出して、電話帳に登録された「由佳」にかける。
「あっ、遥斗」
一回のコールのあと、甲高い少女の声が聞こえた。明るさと活力に満ちたその声は、実年齢よりも子どもっぽく感じられる。
由佳は電話に出るのが驚くくらい早くて、コールが三回鳴るまでに応答しなかった試しがない。きっとその安心感も、由佳と会話するときは決まって電話を選ぶ理由の一つなのだろう。
話し声の大きさや会話の内容を気にせずに、思う存分由佳と話ができるから。それが、僕がこの場所で昼食をとる最大の理由だ。
「もうお昼食べてるんだ? 今日のおかずは? ていうか、なんの用? 緊急事態?」
「質問多すぎ。一気にされても困るよ」
「文句言う暇があるなら、一つ一つ順番に答えれば?」
「だって由佳、しゃべりやまないから」
「だから、そう言っているあいだに答えるの」
こういうやりとり一つをとっても、由佳には敵わないなと思う。理路整然と考えを述べるタイプではないのだけど、口論になると敵なしで、時おり鋭い一言を口にして僕をはっとさせる。頭の回転の速さや弁舌の巧みさでは、とても勝てる気がしない。
「今日はちょっと、由佳に意見を聞きたいんだ。クラスメイトのことなんだけど」
「もしかして、住友みのりっていう女子のことじゃない? 当たりでしょ」
ずばり言い当てられて驚いた。しかし一秒後に、住友さんのことはすでに由佳に教えていたと思い出す。クラスで五本の指に入るくらい、かわいい。席が前で視界に入る機会が多いから、なんとなく気になっている。伝えてある情報はその程度ではあるのだけど。
「鋭いね。大当たりだよ。で、その住友さんなんだけど」
「告白された? それとも、遥斗のほうからしたとか? まあ、後者は絶対に有り得ないよね」
「ちょっと、悪い癖出てる。とりあえず話を聞いて」
「さっさと言わない遥斗が悪いんでしょ」
「それを言うならすぐに口を挟む由佳が――って、話進まないから、言うね。今日の休み時間なんだけど、住友さんに――」
友だちの羽生田さんに「憂うつそうだ」と指摘されて心配されたのに対して、憤慨して「悩みはない」と答えた一件について、ありのままに、簡潔さを心がけて説明した。
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