春日遅々

阿波野治

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 一人になってからは、ベッドに寝そべって『アルジャーノンに花束を』を読み耽った。読書に集中していたため、我に返った時には夕食の時間が差し迫っていた。蒸し料理は完成までにある程度の時間を要する。すぐさま調理に取りかかった。

 調理といっても、食材を一口サイズにカットし、適量の水と共にフライパンに投入し、蓋をして火にかけるだけだ。使用したのは、先程の買い物で購入した、ニンジン、サツマイモ、レンコン、厚切りベーコン。それらに加えて、ブロッコリー、タマネギ。ブロッコリーは火を通すと緑色が鮮やかになり、彩りをよくするのに役立ってくれるので、根菜以外では最も頻繁に使用している。

 完成した料理を、本日は市販のシーザーサラダドレッシングをかけて食べる。食材を切って蒸すだけの料理はたびたび作っているが、ドレッシングの種類を替えたり、使う食材を別のものにしたりしているので、飽きることはない。主食はガーリックトースト。スープは朝も昼も食べたので、今回ははぶいた。

 カノンと電話で話をする時間までには余裕があったので、食後は再びチャーリイの物語と向き合った。きりがいいところで栞を挟むつもりだったのだが、あと一ページ、もう一ページと、ついつい欲張ってしまう。

 気がつくと、約束の時間を半時間近く過ぎている。

 慌ててスマートフォンを確認する。誰からも連絡は入っていないが、カノンのことだ、エミルからかけさせる形を取りたかっただけに違いない。すぐさま電話をかけた。
 案の定、カノンはすぐに出た。

「カノンちゃん、ほんとごめん! 電話、遅れちゃった」
『エミル、うるさい。電話に出るのが僕じゃない可能性もあるのに、なに大声出してんの』

 むっつりした声。エミルは逆ににっこりしてしまう。

「カノンちゃん以外の人が出るわけないでしょ。カノンちゃんのスマホにかけてるんだから」
『そんなことより、今日はなんで遅かったの? 珍しく、誰かと遊んでたの? 男?』
「……うーん。男と遊んでいたと言えば男と遊んでいたけど、カノンちゃんが言う『男』じゃないし、カノンちゃんが言う『遊んでいた』とは違うよ」
『なんか引っかかるなー、その言い方。詳しく聞かせて』
「うん、いいよ。でも、カノンちゃんこそ、なにか話したいことがあるんじゃないの? お先にどうぞ」
『あ、言えないんだ。言えないから、話を逸らそうとしてるんだ』

 話を逸らすつもりは毛頭なかったので、エミルはありのままを話した。K芸術大学の学食へ朝食を食べに行ったことから、高田と千代子との交流まで。もっとも、高田との会話の一部については割愛した。

『そいつ、絶対エミルに気があるよ』

 カノンはきっぱりと断言した。

「そいつ、じゃなくて高田くんだよ」

 カノンが「そいつ」や「こいつ」や「あいつ」などの言葉を多用するのを常々快く思っていないエミルは、すかさず注意をした。しかし、カノンはそれを無視し、

『なに企んでるんだろうね、そいつ。犬と遊ぶっていう絶好の口実があるのに、エミルとデートする約束を取りつけようとしないなんて』
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