春日遅々

阿波野治

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別れ

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「えっ、僕も一緒に七階まで上がるの?」

 マンションに到着し、部屋に向かおうという時になって、高田が急に慌て始めた。

「うん。そのつもりでたくさん買い物をしたから、持ってくれないとちょっと困るかな。勿論、無理にとは言わないけど」
「……そうだよね。荷物持ちなんだから、部屋の前まで運ばないと意味ないよね」

 再び千代子を適当な場所に繋ぎ、二人はエミルを先頭にエントランスに入っていった。

 エレベーターの中で二人は無言だった。高田は唇を固く結び、強張った顔で操作パネルを凝視している。

(高田くんってば、そんなに緊張しなくてもいいのに。大げさなんだから)

 そう思うエミル自身も、その実、高田に対して話しかけづらさを感じていて、沈黙を破れずにいるのだった。

 一言も会話が交わされないまま、エレベーターは七階に到着した。エミルの部屋は降りてすぐのところにある。ドアの前で荷物が受け渡され、別れの時が来た。

「今日はどうもありがとう。……よかったら、上がってお茶でも飲んでいきます?」
「えっ? そんな、とんでもない!」

 高田は弾かれたように上体をのけ反らせ、愛犬の尻尾に負けない勢いで右手を左右に振った。

「僕は千代子がしたことの責任を取っただけだ。そのお礼をされたら、また森園さんになにかしなくちゃいけなくなるよ。それに、千代子をこれ以上待たせられないし」

(ちょっと高田くん、エミルと千代子ちゃん、どっちが大事なの?)

 そんな文句が頭に浮かび、思わず笑い声をこぼしてしまう。しかし訝しげな高田の視線に気がつき、すぐさま表情を引き締めた。

「そうだね。ここはペット禁止だから、千代子ちゃんを部屋まで連れてくるわけにいかないもんね。……ゴメンね。最後まで無理言って」
「いや、全然気にしてないから。じゃあ、僕はそろそろ」
「あ、あの!」

 去ろうとした高田を呼び止める。

「あの公園まで散歩に行ってるってことは、高田くんのお家、ここから近いんだよね? 近いんだったら、また会う機会があるかもしれないね」
「そうだね。その時はまた千代子と遊んでやってくれれば、あいつも喜ぶと思う」
「うん、きっとそうする。……さようなら」

 高田がエレベーターに乗り込む。ドアが閉まってその姿が隠れる。箱が降下を開始した直後、ふと思った。

(千代子ちゃんのために、スーパーでなにか買ってあげればよかったかな)
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