春日遅々

阿波野治

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 客足は時間が経つごとに増していく。会場に着いて半時間が過ぎた頃には、混雑していると形容しても過言ではない様相を呈するまでになった。エミルは賑やかなのは好きだが、ごみごみしているのはあまり得意ではない。想定していたよりも滞在時間が短くなってしまうが、そろそろ引き揚げ時かもしれない。

 出口を潜る直前、エミルの足は止まった。古本を売っている店を見かけたのだ。

 店主は五十歳くらいの男性。折り畳み式の椅子に腰を下ろし、不機嫌そうな顔つきでスマートフォンを操作している。売り物はみな、百円均一ショップで売られているようなプラスチック製のブックスタンドに並べられている。文庫本が八割、それ以外の書籍が二割。ブックスタンドの一つに、綺麗とは言えない字で「商品はご自由にご覧ください」と記された紙片が貼りつけられている。

「おじさん、手に取ってもいいですか?」

 その場にしゃがんで尋ねる。「ご自由にご覧ください」とは、「自由に本を手に取り、自由に内容を確認しても構わない」という意味だと理解してはいたが、事前に確認を取った方が望ましいと思ったのだ。
 店主の顔が持ち上がり、エミルの顔を直視した。いかにも面倒くさそうに頷き、すぐさまスマートフォンに注目を戻す。
 一連の動作に、エミルはカードを売っていた男児との相似性を見出した。恥ずかしがり屋とぶっきらぼう。性格が異なる二人が見せたそっくりな反応に、思わず口元が綻んだ。

 商品を眺め始めてすぐ、エミルは本の並べ方の特殊性に気が付いた。海外の小説が多かったのだが、出版社ごとでも、タイトル順でも、著者のファミリーネーム順でもなく、著者のファーストネーム順に並べられているのだ。アーネスト・ヘミングウェイの『日はまた昇る』の横にアントン・チェーホフの『かもめ・ワーニャ伯父さん』があり、ジャンニ・ロダーリの『チポリーノの冒険』とジョーゼフ・ヘラーの『キャッチ=22』が表紙と裏表紙を接している、という具合に。

(村上龍の隣に村上春樹を並べるんじゃなくて、朝井リョウを並べるんだ、このおじさんは)

 そう思うと、エミルはわけもなく愉快な気持ちになった。

(絶対にこの店で買おう。隣り合った二冊を、セットで)

 店主はスマートフォンにかかりきりなので、心置きなく商品を選ぶことができた。検討の結果、ファーストネームがダニエルという共通点を持つ、デフォーの『ロビンソン漂流記』とキイスの『アルジャーノンに花束を』を買うことにした。値段は二冊で百円とのこと。

「おじさん、安すぎません? 大丈夫なんですか?」

 店主はその質問には答えず、二冊が入ったレジ袋を差し出した。エミルはその無愛想さに好感を持った。礼を述べる声も思わず弾む。

「おじさん、ありがとう!」

 二冊をレジ袋越しに胸に抱き締め、混雑するフリーマーケット会場を気持ちよく後にした。
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