春日遅々

阿波野治

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カード

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 会場内を十分ほど歩き続けて、エミルは立ち止まった。
 ブルーシートの上に数冊のアルバムが並べられている。いずれもページが開かれた状態だ。収められているのは、アニメ風のイラストが描かれた、表面が光り輝いているカード。アルバムの奥には、胸に抱えられるサイズの段ボール箱がいくつか置かれ、溢れんばかりにカードが入っている。

 エミルが小学生の頃、男子たちの間でトレーディングカードゲームが流行っていた。名称に「ゲーム」の三文字が入っているくらいだから、特定のルールに則って遊ぶためのカードなのだろう。しかし男子たちは、何百円費やしてレアカードを手に入れたとか、このカードとそのカードを交換してほしいとか、そんな話ばかりしていた。時折、学則を破ってカードを持ってくる児童もいて、エミルは何度か見せてもらったことがある。それらの表面はどれも、光を受けると輝くように加工してあり、キラカードと呼ばれていた。男子たち曰く、加工が施されていないカードよりも、キラカードの方が断然、稀少価値が高いらしい。

 当時流行ったトレーディングカードゲームと、男児が販売しているカードは、全く別のシリーズなのだろう。それでもエミルは懐かしさを覚えた。

「ねえ。商品、見せてもらってもいいかな?」

 段ボール箱の壁の奥で胡坐をかいている、小学校に入るか入らないかの年頃の男児に声をかける。目が合ったが、逸らされてしまった。

(あれっ……。店の人じゃないのかな)

 確認を取ろうした矢先、男児は首を縦に振った。エミルの方を向いていなかったが、先程の質問に対して肯定の返事をしたのだとはっきりと分かった。

(年上の女の人から話しかけられて、照れているのかな? 可愛いなあ)

 思わず口元が綻んだが、悪戯に言葉を投げかければ、恥ずかしがり屋の彼に不要なプレッシャーを与えることになる。黙ってその場に屈み、目の前に置かれた一冊を手に取る。

 アルバムには一ページにつき六枚のカードが収められている。いずれもキラカードだ。描かれているのは、天使や悪魔、人間と獣を掛け合わせたような姿の男女など、非現実の世界のキャラクターばかり。何枚ページをめくっても、一枚として同じイラストのカードは現れない。

 アルバムを一旦ブルーシートの上に置き、段ボール箱の中からカードを何枚か抜き取る。いずれもキラカードではなかった。価値が高いカードはアルバムに収められ、そうではないカードは箱に入れられているのだ、と分かった。

「たくさんあるんだね。一枚何円なの?」

 カードをダンボール箱に戻し、尋ねた。返答までには二・三秒の間があった。

「キラが二十円、ノーマルは一円」

 そっぽを向いたまま発せられた声は、緊張からか、少し掠れていた。頬はほんのりと赤く染まっている。

(いちいち可愛いなあ)

 再びアルバムを手にする。ページをめくる手は自ずと軽やかになる。

 不意に背後に気配を感じ、エミルは振り返った。人が立っていた。四・五歳くらいの女児に、三十歳前後と思しい女性。手を繋いでいて、目鼻立ちに相似性が認められたので、一目で親子だと分かった。
 女児はエミルの肩越しに、アルバムを食い入るように見つめている。一方の女性は、遠慮がちながらも、なにか言いたそうな目でエミルを見下ろしている。エミルは手にしていたアルバムを元の場所に戻し、腰を上げた。

「カード、いっぱい売れるといいね。安いから、きっとたくさん売れるんじゃないかな。じゃあ、お姉さんはもう行くね」

 男児はおずおずとエミルに顔を向けた。一瞬唇が開いたが、言葉は発せられなかった。男児に対しては右手を蝶の翅のようにひらめかせ、女性に対しては会釈し、その場を後にした。
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