5 / 14
カード
しおりを挟む
会場内を十分ほど歩き続けて、エミルは立ち止まった。
ブルーシートの上に数冊のアルバムが並べられている。いずれもページが開かれた状態だ。収められているのは、アニメ風のイラストが描かれた、表面が光り輝いているカード。アルバムの奥には、胸に抱えられるサイズの段ボール箱がいくつか置かれ、溢れんばかりにカードが入っている。
エミルが小学生の頃、男子たちの間でトレーディングカードゲームが流行っていた。名称に「ゲーム」の三文字が入っているくらいだから、特定のルールに則って遊ぶためのカードなのだろう。しかし男子たちは、何百円費やしてレアカードを手に入れたとか、このカードとそのカードを交換してほしいとか、そんな話ばかりしていた。時折、学則を破ってカードを持ってくる児童もいて、エミルは何度か見せてもらったことがある。それらの表面はどれも、光を受けると輝くように加工してあり、キラカードと呼ばれていた。男子たち曰く、加工が施されていないカードよりも、キラカードの方が断然、稀少価値が高いらしい。
当時流行ったトレーディングカードゲームと、男児が販売しているカードは、全く別のシリーズなのだろう。それでもエミルは懐かしさを覚えた。
「ねえ。商品、見せてもらってもいいかな?」
段ボール箱の壁の奥で胡坐をかいている、小学校に入るか入らないかの年頃の男児に声をかける。目が合ったが、逸らされてしまった。
(あれっ……。店の人じゃないのかな)
確認を取ろうした矢先、男児は首を縦に振った。エミルの方を向いていなかったが、先程の質問に対して肯定の返事をしたのだとはっきりと分かった。
(年上の女の人から話しかけられて、照れているのかな? 可愛いなあ)
思わず口元が綻んだが、悪戯に言葉を投げかければ、恥ずかしがり屋の彼に不要なプレッシャーを与えることになる。黙ってその場に屈み、目の前に置かれた一冊を手に取る。
アルバムには一ページにつき六枚のカードが収められている。いずれもキラカードだ。描かれているのは、天使や悪魔、人間と獣を掛け合わせたような姿の男女など、非現実の世界のキャラクターばかり。何枚ページをめくっても、一枚として同じイラストのカードは現れない。
アルバムを一旦ブルーシートの上に置き、段ボール箱の中からカードを何枚か抜き取る。いずれもキラカードではなかった。価値が高いカードはアルバムに収められ、そうではないカードは箱に入れられているのだ、と分かった。
「たくさんあるんだね。一枚何円なの?」
カードをダンボール箱に戻し、尋ねた。返答までには二・三秒の間があった。
「キラが二十円、ノーマルは一円」
そっぽを向いたまま発せられた声は、緊張からか、少し掠れていた。頬はほんのりと赤く染まっている。
(いちいち可愛いなあ)
再びアルバムを手にする。ページをめくる手は自ずと軽やかになる。
不意に背後に気配を感じ、エミルは振り返った。人が立っていた。四・五歳くらいの女児に、三十歳前後と思しい女性。手を繋いでいて、目鼻立ちに相似性が認められたので、一目で親子だと分かった。
女児はエミルの肩越しに、アルバムを食い入るように見つめている。一方の女性は、遠慮がちながらも、なにか言いたそうな目でエミルを見下ろしている。エミルは手にしていたアルバムを元の場所に戻し、腰を上げた。
「カード、いっぱい売れるといいね。安いから、きっとたくさん売れるんじゃないかな。じゃあ、お姉さんはもう行くね」
男児はおずおずとエミルに顔を向けた。一瞬唇が開いたが、言葉は発せられなかった。男児に対しては右手を蝶の翅のようにひらめかせ、女性に対しては会釈し、その場を後にした。
ブルーシートの上に数冊のアルバムが並べられている。いずれもページが開かれた状態だ。収められているのは、アニメ風のイラストが描かれた、表面が光り輝いているカード。アルバムの奥には、胸に抱えられるサイズの段ボール箱がいくつか置かれ、溢れんばかりにカードが入っている。
エミルが小学生の頃、男子たちの間でトレーディングカードゲームが流行っていた。名称に「ゲーム」の三文字が入っているくらいだから、特定のルールに則って遊ぶためのカードなのだろう。しかし男子たちは、何百円費やしてレアカードを手に入れたとか、このカードとそのカードを交換してほしいとか、そんな話ばかりしていた。時折、学則を破ってカードを持ってくる児童もいて、エミルは何度か見せてもらったことがある。それらの表面はどれも、光を受けると輝くように加工してあり、キラカードと呼ばれていた。男子たち曰く、加工が施されていないカードよりも、キラカードの方が断然、稀少価値が高いらしい。
当時流行ったトレーディングカードゲームと、男児が販売しているカードは、全く別のシリーズなのだろう。それでもエミルは懐かしさを覚えた。
「ねえ。商品、見せてもらってもいいかな?」
段ボール箱の壁の奥で胡坐をかいている、小学校に入るか入らないかの年頃の男児に声をかける。目が合ったが、逸らされてしまった。
(あれっ……。店の人じゃないのかな)
確認を取ろうした矢先、男児は首を縦に振った。エミルの方を向いていなかったが、先程の質問に対して肯定の返事をしたのだとはっきりと分かった。
(年上の女の人から話しかけられて、照れているのかな? 可愛いなあ)
思わず口元が綻んだが、悪戯に言葉を投げかければ、恥ずかしがり屋の彼に不要なプレッシャーを与えることになる。黙ってその場に屈み、目の前に置かれた一冊を手に取る。
アルバムには一ページにつき六枚のカードが収められている。いずれもキラカードだ。描かれているのは、天使や悪魔、人間と獣を掛け合わせたような姿の男女など、非現実の世界のキャラクターばかり。何枚ページをめくっても、一枚として同じイラストのカードは現れない。
アルバムを一旦ブルーシートの上に置き、段ボール箱の中からカードを何枚か抜き取る。いずれもキラカードではなかった。価値が高いカードはアルバムに収められ、そうではないカードは箱に入れられているのだ、と分かった。
「たくさんあるんだね。一枚何円なの?」
カードをダンボール箱に戻し、尋ねた。返答までには二・三秒の間があった。
「キラが二十円、ノーマルは一円」
そっぽを向いたまま発せられた声は、緊張からか、少し掠れていた。頬はほんのりと赤く染まっている。
(いちいち可愛いなあ)
再びアルバムを手にする。ページをめくる手は自ずと軽やかになる。
不意に背後に気配を感じ、エミルは振り返った。人が立っていた。四・五歳くらいの女児に、三十歳前後と思しい女性。手を繋いでいて、目鼻立ちに相似性が認められたので、一目で親子だと分かった。
女児はエミルの肩越しに、アルバムを食い入るように見つめている。一方の女性は、遠慮がちながらも、なにか言いたそうな目でエミルを見下ろしている。エミルは手にしていたアルバムを元の場所に戻し、腰を上げた。
「カード、いっぱい売れるといいね。安いから、きっとたくさん売れるんじゃないかな。じゃあ、お姉さんはもう行くね」
男児はおずおずとエミルに顔を向けた。一瞬唇が開いたが、言葉は発せられなかった。男児に対しては右手を蝶の翅のようにひらめかせ、女性に対しては会釈し、その場を後にした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。


靴と過ごした七日間
ぐうすかP
ライト文芸
代わり映えのない毎日を繰り返す日々。
そんな代わり映えのないある日、恋人に振られた志村健一。
自覚はなくともショックを受けた健一に声を掛けたのはなんと、「靴」だった。
信じられない状況の中、
健一は一体何を信じればいいのだろうか?
そして、「靴」の目的はなんなのだろうか。
ラブリーでフレンドリーそして混沌(カオス)な1週間が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる