春日遅々

阿波野治

文字の大きさ
上 下
2 / 14

学食

しおりを挟む
 雲と風が殆どないせいか、外は思ったよりも温かかった。コートを脱ぐか否か。少し迷ったが、着たままで目的地へ向かう。

 K芸術大学には十分ほどで着いた。学生食堂のドアを開けると、先客が五・六人いた。全員、エミルと同年代に見える。在学生に違いない。

 十一時までは日替わりのモーニングセットしか用意されていないので、メニュー選びに悩まなくて済む。今日は和食の日だ。注文カウンターで注文すると、テーブルに着いて待つまでもなく、料理が載ったトレイが差し出される。今日の献立は、白いご飯、焼き鮭、出汁巻き玉子、青菜の胡麻和え、ジャガイモと玉葱の味噌汁、沢庵。

 エミルが選んだのは、堂内のほぼ中央に位置する、二人掛けの席。出入り口からも、窓からも、注文・返却両カウンターからも離れた場所にある。

 窓際の席にいる男子二人組が、しきりにエミルに視線を投げかけてくる。

(エミルって、そんなに学食が似合わないキャラかな? 一週間に一回は来てるんだけど)

 割り箸を割り、食べ始める。
 食事の際、エミルは主食を平らげることを最優先に食べ進めていく。なにか信念があるわけではなく、癖のようなものだ。炭水化物は後で食べた方が太りにくい、という話は聞いたことがあるが、エミルは幼少時から現在に至るまで、ほっそりとした体型を維持している。

 K芸大の学食の味噌汁のジャガイモは大きく切られている。エミルの口は特別小さいというわけではないが、それでも一口では食べられない大きさだ。

(もう少し小さく切ってしてほしいんだけどな)

 心中で不平をこぼしつつ、椀の中のジャガイモを箸でカットする。汁が跳ねないよう、作業は慎重に行わなければならない。

 エミルはジャガイモの味噌汁を食べるたびに、母方の祖母のことを思い出す。
 両親の実家で暮らしていた時、朝食を作るのは母方の祖母の役目だった。ご飯とパン、割合は半々で、ご飯の場合によく出てくる一品が、汁物でいえば、ジャガイモが入った味噌汁。ジャガイモに限らず、祖母が作る料理の具材は総じて小さかった。家族が食べやすいように配慮した結果なのか、それとも単に癖のようなものなのか、それは定かではない。

 茶碗が空になった。窓際の男子二人組のうちの一人は、相も変わらずエミルを気にしている。客観的に見れば、顔立ちは端正な部類に入るだろう。しかし落ち着きのなさ、自信のなさ、といったものが滲み出ていて、その点で大分損をしている印象を受ける。

 先に二人組が食べ終わり、席を立った。返却カウンターに至る最短ルートに当たる関係から、二人はエミルの真横を通った。通り過ぎる際、彼らはエミルの顔をいささか図々しく凝視した。

(声をかけてくるかな……?)

 身構えたが、杞憂に終わった。

 それから十分ほどでエミルも食べ終わった。トレイを返却カウンターに返却し、「ごちそうさま」と告げて学食を出る。食事をしていた半時間ほどの間に、気温はさらに上昇したらしい。着ようか止めようか、中途半端な気持ちで胸に抱いていたコートをしっかりと小脇に抱え、帰途に就いた。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

靴と過ごした七日間

ぐうすかP
ライト文芸
代わり映えのない毎日を繰り返す日々。 そんな代わり映えのないある日、恋人に振られた志村健一。 自覚はなくともショックを受けた健一に声を掛けたのはなんと、「靴」だった。 信じられない状況の中、 健一は一体何を信じればいいのだろうか? そして、「靴」の目的はなんなのだろうか。 ラブリーでフレンドリーそして混沌(カオス)な1週間が始まる。

処理中です...