悪役令息の妻になりたいので破滅エンドを全力で回避する

高槻桂

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 一晩経って平静を取り戻した私はしかしバランの執務室に行くとそこにいたアリスの姿を見てまたぶわっと赤くなってしまった。

「ヒナコ?」

 きょとんとするアリスに何でもない!と手をぶんぶん振っていつものようにバランの隣に座ろうとした。

「ヒナコ」

 ぽんぽん、とアリスが自分の隣を叩く。私はぎしぎしとした動きでアリスの隣りに座った。

「どうしたんだ、どこか具合でも悪いのか」
「えっと、その……アリスはさ、女の人と付き合ったことって、ある?」
「無いが……それがどうかしたか?」
「告白されたことくらいあるんでしょう?」
「あるが……断ってきた」
「なんで?」

「私の基準は今まではおばあさまだった。おばあさまより劣る女性とは付き合いたくない、そう思ってきた。私はこれが傲慢だと分かっていた。それでも比べるのをやめることができなかった。私は結局おばあさまを盾にして面倒ごとから逃げていたのだ」
「いまも、そう?」
「いまは……少しずつ、向き合えたら良いと思っている」

 その相手は私?とは聞けなかった。レーネはああ言っていたけれど、もし違っていたら羞恥心で死ねる。

「そっか。バランは?モテそうだけど」

 私は会話の矛先を変えることにした。バランは私かい?と首を傾げて考え込む。

「私は立場が立場だからねえ。そうそう色恋にはうつつを抜かせないんだよ」

 明るく笑うバランにぬかせ、とアリスは肩をすくめる。

「毎晩のように女を侍らせていることは知っているんだぞ」
「おいおい、ヒナコの前でそういうことは言わないでくれるか。品行方正ないい人でいたいんだよ私は」
「だったら行いを見直すべきだな」

 そうか、バランはプレイボーイタイプなのか。だから一番落としやすいキャラクターなのか?実はエンディング後に私が苦労するオチだったのか?
 いやいや、エンディング後とか言ったら駄目だ。ここは現実、現実なのだ。

「じゃあバランはどんな女の人がタイプなの?」
「そうだねえ。お互いがお互いを尊敬できるような関係を築ける相手なら外見とかはある程度は気にしないかな」
「そっか。アリスは?」

 私が隣を見ると、アリスは動揺したように言葉を詰まらせた。

「わ、私はその、家族思いの人が好きだ。ヴィルフォア家は家族の繋がりが強い。それを理解して貰える人がいい」
「そっか」

 すると今度は逆にヒナコはどうなんだ、と聞かれた。

「ヒナコはどんな男が好みなんだ?」
「私?私はねえ……」

 そこまで言ってうーんと考える。

「体格が良くてちょっと強面だけど実は優しいひと。ギャップに弱いんだよね」
「ふうん?」

 バランがなにか言いたげににやにやしながら私を見る。べ、べつにアリスのことを言ったわけではない!一般論、一般論だよ!

「不器用な人、は駄目かい?」
「い、良いんじゃないの?私さえ分かってればフォローもしてあげられるし」

 それに、と指の腹と腹をぺたぺた合わせたりこすり合わせたりして私は言う。

「私しか知らない一面とかいいんじゃないかなって」
「だそうだよ、アリス」
「な、何故私を見る!」
「いや別に?」

 ニヨニヨしているバランに私は赤くなって俯いた。

「そんなふたりに朗報だ」
「は?」
「へ?」

 きょとんと顔をあげるとバランはにっこりと笑って言った。

「ヒナコを城下に降ろしてもいいという通達が来た」
「え!本当に?外出していいの?」
「ああ。ただし、アリスを護衛につけること」

「えっ、でもアリスだって仕事があるでしょう?」
「そこはうまいこと回すから平気だ。最優先事項はヒナコの護衛。いいな、アリス」
「ああ、分かった」
「ありがとう、バラン、アリス」

 ということで、明日は朝から城下街に出かけることになった。


 翌日、私の部屋までアリスが迎えに来たのだが。
 アリスが、アリスが。
 アリスさんの服装がいつもと違うんですよ。見慣れた軍服じゃないんです。私服なんです。
 白いシャツにグレーのサマーニットを羽織り、ゆったりとしたカーゴパンツを履いている。

「……」
「ヒナコ?」

 私がぽけーっとして見ているとアリスが私の眼前で手を振る。
 はっとした私は思ったままに口に出していた。

「かっこいいです!」
「あ、ありがとう?」

 首から革紐のペンダントを下げているのが見えてじっとそれを見た。

「それはなんのペンダントなの?」

 人の上半身のようなペンダントトップだ。

「ああ、これはおばあさまを象ったペンダントトップだ。おばあさまはヴィルフォア辺境地では女神のように扱われているからこういうものが出回っているんだ」
「へえー。本当に凄いんだね、先代って」
「ああ、そうだな」

 嬉しそうに笑うアリスに私も嬉しくなって笑った。
 嫉妬しないわけではない。けれど彼の思いが純粋な愛情から来ているものだと知っているから腹立たしさにはならないのだ。

「じゃあ、行こう!」
「ああ」

 そう笑い合って城を出て初めての街並みに圧倒されているとアリスが無言で手を出してきた。

「なに?」
「手を。迷子になるといけないからな」
「だ、大丈夫だよ!」

 けれどアリスは駄目だと言って聞かない。

「初めての街で何があるかわからない。きみを守るのが私の役目だ。役目を果たさせてくれ」

 私はじゃあ、とおどおどと差し出された手に己の手を重ねた。

「ぜったいに、離さないでね?」

 ぎゅ、と手が握られる。私より少しだけ体温の低い手だった。

「ああ、離さない。絶対に」

 アリスが優しく笑うものだから、私は胸のあたりがぎゅっとするのを感じた。



 (続く)
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