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上機嫌で自室に戻ると、ヒナコ様、とレーネが声をかけてきた。
「どうしたの、レーネ」
「獣人の方の耳元を触るのはあまりよろしくないかと……」
「どうして?」
「耳の付け根が性感帯なのです」
「せっ」
かあっと顔を赤くしてレーネを見る。レーネはこくりとうなずいた。
「耳の付け根、喉元、尻尾。これらは獣人の方々の性感帯になります。よほどのことがないと触らせない部位です」
よほどのこと、と口の中で反芻する。
「先程はおそらくヒナコ様の信頼を得たくて触らせてくださったのだと思いますがあまりこちらからは触らないほうが良いかと」
「そ、それって」
「間違いが起きてからでは遅いので」
やっぱりそういう意味かー!
そうだった、ここは現実なのだ。ゲームのようにエンディングでキスしてハイ終わりなわけじゃないのだ。
もし私とアリスがお付き合いすることになったらそういうことも視野に入れなくてはならないのだ。
ぜんっぜん考えてなかった。むしろゲームクリアで帰れるかもくらいに思ってた。
たしかにね、たしかにアリスを幸せにしたいとは思うよ。もうゲームのキャラとは思ってないよ。でもなんかまだこう、この世界そのものを私はゲームの一部のように思っているフシがある。
アリスと結婚しました、ちゃんちゃん、で終わってしまうのではないかという思いがある。
それはある意味での恐れだ。
せっかく恋人同士になっても離れ離れになってしまうのではないかという無意識の恐れ。
けれど神様は帰るすべは無いと言った。なら安心、というのはおかしいのかもしれないが遠慮なくアリスと恋仲になっても良いのかもしれない。
まあアリスがそれを望んでくれたら、だけれど。
アリスは私のことをどう思っているんだろう。耳を触らせてくれるくらいには好意を抱かれているみたいだがそもそも獣人が耳を触らせるというのはどのくらいの好感度なのだろうか。
「ねえレーネ、アリスは私のことどう思ってると思う?」
レーネは少し黙ったあと、率直に申し上げてよろしいですか、と真面目な顔で言った。
「う、うん」
「べた惚れだと思います」
「ふへえ?!」
私が素っ頓狂な声を上げるといいですかヒナコ様、とレーネは人差し指を立てた。
「そもそも獣人が弱点である耳や喉元、尻尾を触らせるのは家族でも微妙なところです。極端な話、弱い方は撫でられただけで体の力が抜けてしまうと聞きます。だから耳に近い頭を撫でられるのも嫌う獣人は多いです。私は以前はバランリード第一王子直属のメイドでしたがバランリード第一王子でも触らせたところを私は見たことがございません。それなのに触らせてくれたということはよほどのことです。それに加えまして嫌っていた愛称で呼ばれたがったりなどここ最近のヴィルフォア少佐の行動を鑑みますとヒナコ様にべた惚れだと推測します」
「ひええ」
一気にまくし立てられて私はカウチに倒れ込んだ。まじかー、まじかー。
「で、でもさ、私が聖女だから気を引こうとかそういうのじゃ……」
私ががばっとカウチから体を起こしてそう言えばレーネはそれも否定する。
「ヴィルフォア少佐は根っからの先代聖女信奉派です。ヒナコ様を突き放すことはあっても理由もなく近づこうとはなさらないでしょう」
う、それもそうだ。最初はたしかにそんな感じだったもんな。
「だからずばり、惚れられてますよ、ヒナコ様」
「う、嬉しいけど複雑……」
「何故ですか?ヒナコ様もヴィルフォア少佐をお好きだと思ったのですが」
「え、私ってそんなわかりやすい?」
否定してほしかったのにレーネはわかりやすいです、とこっくりとうなずいた。
「一瞬こころが離れかかったのも見ていてよくわかりました。ヴィルフォア少佐もそれを感じたから焦られたのではないかと思います」
まーじーかー。
「……私明日からどんな顔して会いに行けばいいと思う?」
「普通でいいと思いますよ。好きなら好きだと表に出して接してあげられたほうがヴィルフォア少佐もお喜びになります」
それに、とレーネは少し呆れたように肩をすくめる。
「ヴィルフォア少佐は女心に疎い方です。こちらが表に出してやらないと気づかないこともたくさんあると思います。なにせあの方、女性とお付き合いしたことがない方なので」
「へ?アリスって私と同じ二十歳よね?いやまあ私も誰かとお付き合いしたことなんて無いけどこういう世界ってそういうの早いんじゃないの?」
「習われたかと思いますがこの国は十六歳で成人を迎えます。早い方はその時点で結婚なさいます。少なくとも恋人くらいはいるものです。ですがヴィルフォア少佐はいまだかつて誰とも浮名を流したことがありません」
「なんで?獣人だから?」
「獣人であるからという理由は近年では理由になりません。差別するものもここ数十年でほとんどなくなりました。ただ、ヴィルフォア少佐はとても厳しいお方でした」
「厳しいって?」
「全てにおいて先代聖女様とお比べになるのです」
なんとなく予想がついてきたぞ。
「ヴィルフォア少佐に想いを告げる女性は何人もいました。けれどそのたびに彼はおばあさまのほうが美しい、おばあさまのほうが気品がある、おばあさまの、おばあさまの……といった具合で門前払いをし続けました」
おばあさまコンプレックスにも程があるな、アリスめ。
「そうして今の彼があります。つまり、ヴィルフォア少佐は恋愛初心者なのです」
恋愛初心者。そう言われてしまうと笑いがこみ上げてくるが私も人のことを言えないと気づいて吹き出すのは我慢する。
え、とふと気づく。
てことはアリスって童貞なのかな。さすがにこんなことは聞けないけど。
でも、だったらいいな。
私がアリスの初めての人になりたいな、なんて。
「どうかなさいましたか。部屋が暑いですか?」
「いえ!レモン水もらえるかな。よく冷えたの」
「かしこまりました」
レーネが簡易キッチンに下がるのを見送って、私はカウチの上で膝を抱えたのだった。
あーきっと顔が赤いんだろうなあ。
(続く)
「どうしたの、レーネ」
「獣人の方の耳元を触るのはあまりよろしくないかと……」
「どうして?」
「耳の付け根が性感帯なのです」
「せっ」
かあっと顔を赤くしてレーネを見る。レーネはこくりとうなずいた。
「耳の付け根、喉元、尻尾。これらは獣人の方々の性感帯になります。よほどのことがないと触らせない部位です」
よほどのこと、と口の中で反芻する。
「先程はおそらくヒナコ様の信頼を得たくて触らせてくださったのだと思いますがあまりこちらからは触らないほうが良いかと」
「そ、それって」
「間違いが起きてからでは遅いので」
やっぱりそういう意味かー!
そうだった、ここは現実なのだ。ゲームのようにエンディングでキスしてハイ終わりなわけじゃないのだ。
もし私とアリスがお付き合いすることになったらそういうことも視野に入れなくてはならないのだ。
ぜんっぜん考えてなかった。むしろゲームクリアで帰れるかもくらいに思ってた。
たしかにね、たしかにアリスを幸せにしたいとは思うよ。もうゲームのキャラとは思ってないよ。でもなんかまだこう、この世界そのものを私はゲームの一部のように思っているフシがある。
アリスと結婚しました、ちゃんちゃん、で終わってしまうのではないかという思いがある。
それはある意味での恐れだ。
せっかく恋人同士になっても離れ離れになってしまうのではないかという無意識の恐れ。
けれど神様は帰るすべは無いと言った。なら安心、というのはおかしいのかもしれないが遠慮なくアリスと恋仲になっても良いのかもしれない。
まあアリスがそれを望んでくれたら、だけれど。
アリスは私のことをどう思っているんだろう。耳を触らせてくれるくらいには好意を抱かれているみたいだがそもそも獣人が耳を触らせるというのはどのくらいの好感度なのだろうか。
「ねえレーネ、アリスは私のことどう思ってると思う?」
レーネは少し黙ったあと、率直に申し上げてよろしいですか、と真面目な顔で言った。
「う、うん」
「べた惚れだと思います」
「ふへえ?!」
私が素っ頓狂な声を上げるといいですかヒナコ様、とレーネは人差し指を立てた。
「そもそも獣人が弱点である耳や喉元、尻尾を触らせるのは家族でも微妙なところです。極端な話、弱い方は撫でられただけで体の力が抜けてしまうと聞きます。だから耳に近い頭を撫でられるのも嫌う獣人は多いです。私は以前はバランリード第一王子直属のメイドでしたがバランリード第一王子でも触らせたところを私は見たことがございません。それなのに触らせてくれたということはよほどのことです。それに加えまして嫌っていた愛称で呼ばれたがったりなどここ最近のヴィルフォア少佐の行動を鑑みますとヒナコ様にべた惚れだと推測します」
「ひええ」
一気にまくし立てられて私はカウチに倒れ込んだ。まじかー、まじかー。
「で、でもさ、私が聖女だから気を引こうとかそういうのじゃ……」
私ががばっとカウチから体を起こしてそう言えばレーネはそれも否定する。
「ヴィルフォア少佐は根っからの先代聖女信奉派です。ヒナコ様を突き放すことはあっても理由もなく近づこうとはなさらないでしょう」
う、それもそうだ。最初はたしかにそんな感じだったもんな。
「だからずばり、惚れられてますよ、ヒナコ様」
「う、嬉しいけど複雑……」
「何故ですか?ヒナコ様もヴィルフォア少佐をお好きだと思ったのですが」
「え、私ってそんなわかりやすい?」
否定してほしかったのにレーネはわかりやすいです、とこっくりとうなずいた。
「一瞬こころが離れかかったのも見ていてよくわかりました。ヴィルフォア少佐もそれを感じたから焦られたのではないかと思います」
まーじーかー。
「……私明日からどんな顔して会いに行けばいいと思う?」
「普通でいいと思いますよ。好きなら好きだと表に出して接してあげられたほうがヴィルフォア少佐もお喜びになります」
それに、とレーネは少し呆れたように肩をすくめる。
「ヴィルフォア少佐は女心に疎い方です。こちらが表に出してやらないと気づかないこともたくさんあると思います。なにせあの方、女性とお付き合いしたことがない方なので」
「へ?アリスって私と同じ二十歳よね?いやまあ私も誰かとお付き合いしたことなんて無いけどこういう世界ってそういうの早いんじゃないの?」
「習われたかと思いますがこの国は十六歳で成人を迎えます。早い方はその時点で結婚なさいます。少なくとも恋人くらいはいるものです。ですがヴィルフォア少佐はいまだかつて誰とも浮名を流したことがありません」
「なんで?獣人だから?」
「獣人であるからという理由は近年では理由になりません。差別するものもここ数十年でほとんどなくなりました。ただ、ヴィルフォア少佐はとても厳しいお方でした」
「厳しいって?」
「全てにおいて先代聖女様とお比べになるのです」
なんとなく予想がついてきたぞ。
「ヴィルフォア少佐に想いを告げる女性は何人もいました。けれどそのたびに彼はおばあさまのほうが美しい、おばあさまのほうが気品がある、おばあさまの、おばあさまの……といった具合で門前払いをし続けました」
おばあさまコンプレックスにも程があるな、アリスめ。
「そうして今の彼があります。つまり、ヴィルフォア少佐は恋愛初心者なのです」
恋愛初心者。そう言われてしまうと笑いがこみ上げてくるが私も人のことを言えないと気づいて吹き出すのは我慢する。
え、とふと気づく。
てことはアリスって童貞なのかな。さすがにこんなことは聞けないけど。
でも、だったらいいな。
私がアリスの初めての人になりたいな、なんて。
「どうかなさいましたか。部屋が暑いですか?」
「いえ!レモン水もらえるかな。よく冷えたの」
「かしこまりました」
レーネが簡易キッチンに下がるのを見送って、私はカウチの上で膝を抱えたのだった。
あーきっと顔が赤いんだろうなあ。
(続く)
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