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「魔石を水に?問題ないよ。別に毒じゃない」

 神様の声に私は内心でガッツポーズをする。
 よし、これで保冷水筒が作れる。

「考えてもみなよ。冷蔵庫だって魔石で覆った窯の中で冷やしてるんだから水に入れたくらいで害が出るわけないだろう?」

 それもそうですよね。なんでここのは人たちはあんなに忌避してるんだろ。

「まあ水というものは特別だからね。魔素が滲み出すように思えてそれが有害だとか思ったんだろうよ」

 そうですか。
 あと保温の方法なんですが何かいい方法ないですかね。

「対価は?」

 へ?

「情報が欲しいんだろう?だったら何か貰わないと教えれないなぁ。シオリは毎日私のために美味しいお菓子を供えにきてくれたよ。さて、きみは何をしてくれるのかな?」

 うおお……どうしよう。私はお菓子作りほとんど出来ないし料理だってそんなにレシピ持ってないや。
 お、お金で解決、とかは……?

「私が金をもらって何に使うんだい?」

 デスヨネー!
 か、考えておきます。

「楽しみにしているよ。じゃあ私はティータイムだからこれで失礼するよ。今日はイチゴ大福と抹茶なんだ」

 楽しんでください……。

 ふっと肩が軽くなって神様が去ったのを感じて私は礼拝室を後にした。


「神に対価を求められた?」

 バランの声に私はそうなの、とため息を吐いた。

「保冷の魔石の件は問題ないって。でも保温の仕方について意見求めたらなんかよこせって」
「まあ、そうだろうな。先代もヴィルフォア辺境地の平和のために毎日菓子を供えていたからな」
「平和のために供えるのがお菓子で良いなら私の質問くらいタダで答えてくれても良いんじゃない?」
「おばあさまの作る菓子は絶品だったからな。神もその価値を認めていたということだ」

 アリシヴェートが自慢げに言う。

「ううーん、料理で何か……私が作れるのでウケが良さそうなのって……キンパとかかなぁ」
「キンパ?」
「キンパとはなんだ」

 お、ふたりが食いついてきた。ということはまだこの世界にキンパはないのか?

「ええと、海苔巻きは分かる?」
「ああ、スシの亜種のことだな」

 寿司まであるのか!

「そ。それの一種で人参に青菜に牛肉と漬物を巻いたやつ」
「牛肉を巻くのか」
「そ。甘辛く味付けしたやつ。コチュジャンてある?お味噌を唐辛子で辛くしたようなやつ」
「それならあるぞ。厨房には話を通しておくから作ってみると良い」
「ありがと。なんとか再現してみるわ。味見役してくれる?」

 そう問うとバランはもちろんだともと請け負ってくれた。
 アリシヴェートを見れば彼も仕方ない、と言うように渋々と頷いてくれたのだった。


 翌日、魔法学のお休みをいただいて私は厨房の一角を借りてキンパ作りに挑んでいた。
 たくあんがあるかなーと思ったのだがこれも先代が再現していてくれたので何とかなった。先代様々である。
 なんというか、食べ物に関しては私の介入する余地ほぼ無さげなくらいの至れり尽くせりだな本当に。
 何とか覚えているレシピでキンパを二本作って、一本は神様用に、一本はバランたちにとカゴを借りて厨房を後にした。

「お、来たな」

 執務机に向かっていたバランが書類から視線を上げる。

「少し待ってくれ。キリのいいところまで終わらせる」
「はーい」

 メイドさんに緑茶はあるかと聞くとあるとのことだったので緑茶を入れてもらった。
 すると連絡が行ったのかたまたまこの時間に来ることになっていたのかアリシヴェートもやってきた。
 彼はスンスンと黒い鼻を動かしていい匂いがするな、と言った。そうか、嗅覚も獣並みなのか。

「よし、頂こうか」

 バランが席を立ってカウチにやってくる。
 いつものようにバランが私の隣に座り、アリシヴェートが向かいに座ったので私はカゴからキンパの皿を取り出した。

「おお」
「美味そうだな」
「ガッツリ系好きなら好きだと思う。男の人は好きかも」

 メイドさんが差し出したおしぼりで手を拭いていただくことにした。

「ん」

 ひとくち食べてみる。うん、ちゃんとキンパだ。
 もぐもぐと味わうように食べていたふたりが同時にごくりと飲み下す。

「美味いな!」
「ああ、まあ美味いな」

 アリシヴェートは何となく今ひとつな反応だったけれどそれでも表情が明るくてああ美味しいって思ってくれているんだなと分かった。

 嬉しいな。

 私は嬉しくなってにこにことキンパの二個目を食べた。
 三人でぱくぱくとキンパを食べて、さすが男の人がふたり、あっという間に無くなった。
 緑茶を啜っているとアリシヴェートがなにかじっと湯呑みを見つめていた。

「どうかしましたか?」
「……緑茶を飲んだのは久しぶりだ。おばあさまは緑茶が好きでよく飲んでいた」
「あー、おばあさまの名前、シオリってことは日本人でしょう?なら緑茶好きだと思いますよ」
「同じ生まれならわかるか?おばあさまは自分の名前は歌を織る名前だと言っていた。どういう意味だか教えてくれ」

 歌を織る?
 うーん、と考えて、あ、と手を叩く。

「書くもの貸してもらえる?」

 羊皮紙とペンを受け取ると私はそこに「詩織」と書いた。

「私の国ではね、こういう字も使うんだけどこれでシオリって読むの。詩が歌、織が織るって意味」
「詩織……そうだったのか」
「この世界ってみんな言葉はカタカナなの?」
「そうだな。そういえば先代はどの国も同じ言語なのが不思議だと言っていたな」

「えー確かに不思議。私のいた世界では七千近くの言語があったよ」
「らしいな。同じ大地に暮らしていてそうも違ってくるのが私たちからすれば不思議なんだが。方言とかはあるがな。パレヴィスは特に独特な訛りがある」

「へえ、聞いてみたいな」
「今はパレヴィスと我が国は行き来が自由だから街にはパレヴィスの人間もあふれている。街に出れるようになれば耳にすることもあるさ」

 するとアリシヴェートがそれもおばあさまのおかげだ、と誇らしげに言った。

「当時の王、パルデレ・パレヴィス・マレスチノ王と条約を交わして行き来を自由にしたのだ。これによって我が国も発展したがパレヴィスも同じく発展した。全てはおばあさまのおかげだ」
「本当に凄いんですね、先代って」
「そうだ、わかったか」
「はい、尊敬します」

 私が素直にうなずくと彼は我が事を褒められたように嬉しそうに笑ってうなずいた。
 私が初めて彼の笑顔を見た瞬間だった。
 私はこころから彼を好きだと思った。それはゲームのキャラとしてではなく、一人の男性として好きだと思ったのだった。



(続く)
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