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私がバランの執務室を訪ねると、ちょうど良くアリシヴェートと二人でお茶をしていた。
「何の用だ」
アリシヴェートがきつい視線で私を睨む。
バランがまあまあととりなしてくれた。
バランが片手を上げて私の分のお茶まで用意してくれ、私が座れるよう場所を開けてくれたので有り難く彼の隣に座った。
「いま、教会に行ってきたんです。神様の声を聞きました」
「ほう?やはり聖女には話しかけてくださるのだな」
「他の人は話せないの?」
「年に一度、年初めに司祭だけが宣託を受けるな。あとは巫女も常に聞くことができると聞いている。だがそれ以外の我々のような一般人にはお声はかからないな」
「バランは王子なのに?」
「私は王として戴冠式に挑めばその時に聞けるはずだがそれ以外ではまず無いな」
へえ、と私は思う。結構気さくなおっさんって感じだったけどなぁ。
そう述べるとバランは声を上げて笑い、アリシヴェートは嫌そうに顔を顰めた。
「不敬だぞ」
そう低く言うアリシヴェートにバランはいいじゃないか、と笑う。
「先代も神とは懇意にしていた。王が彼女に頭が上がらなかった理由の一つがこれだね」
「あっ!先代!そう、先代のお話も聞いたの。いま、先代は神様の元にいらっしゃるそうなの」
これは初耳だったのか二人ともがきょとんとした顔で私を見た。
「おばあさまが、神の元に?」
「そう、気に入っているから連れてきたって。白虎の辺境伯も一緒だって言ってた。天の世界で三人で暮らしてるって」
「おばあさまとおじいさまが……」
「それでね、神様を呼ぶ女の人の声が聞こえたんだけどそれが先代の声かしらって思って」
かちゃりとアリシヴェートがカップをソーサーに戻して手を膝の上で組んだ。
「そうか、お二人が神の元に……」
「アリス……」
バランはアリシヴェートの心情を察しているのだろう、気遣わし気に彼を見た。
そしてアリシヴェートは自嘲気味に笑う。
「聖女というものは徳だな。聖女というだけで神の声が聞ける。私は幼い頃から教会に通っているが一度たりとも神が声をかけてくれたことはない」
「アリス、それは仕方のないことなんだ。いくらお前が先代の血を引いていてもお前は先代でもなければヒナコでもない。神の声を聞けるのは聖女と一部の限られたひとだけだ」
「わかっているさ、そんなこと」
そう言いながらもアリシヴェートは不満そうだった。
「あの、なにか先代のこととか聞きたいこととかありますか?良かったら私が聞きますよ?」
「余計な世話だ」
しかしそれはアリシヴェートにきっぱりと断られてしまう。
「すみません……」
「……」
アリシヴェートは何か言いたげに口を開き、そして閉じてからまた開いた。
「……だが、ありがとう」
視線を逸らしていうそれに、私がバランを見ると彼はぱちんとウインクをしてくれた。
私はようやく彼の中への第一歩を踏み出せたようだった。
「今日はイチゴのスコーンなんだって。餡子とクロテッドクリーム塗るんだってさ。美味しそうだよねー」
私が神様のところに行く時間は大抵魔法練習が終わってからなのでお茶の時間に近い。
だからかいつも神様は今日のお茶菓子について話してくれる。他愛もない会話だ。
最近では教会を出た後はバランの執務室に行くのが日課となっている。
すると大抵バランとアリシヴェートがお茶をしているのでそこにお邪魔させてもらうのだ。
「餡子もクロテッドクリームもおばあさまが発明されたものだ。チキュウでは普通にあるらしいな」
最近ではアリシヴェートも普通に話しかけてきてくれるようになった。大きな進歩だ。
「そうだね。クロテッドクリームはちょっと大きな店とか専門店行かないと無いけど餡子は普通に食べてたよ」
「お前は何か作らないのか?」
「へ?」
「おばあさまはお菓子作りがとてもお上手でいつも私たちに振舞ってくれていた。神にも亡くなるほんの数日前まで毎日供えに行っていた。お前はそういうことはしないのか?」
言われてうーん、と考えてみる。お菓子なんてクッキーくらいしか作ったことがない。料理なら一人暮らしをしていたのでそれなりにできるがあくまでそれなりだ。炒め物だとかちょっとした煮物くらいができる程度。
食べ物で先代に敵う気はしない。
「私もお菓子作り習おうかなぁ」
これも先代が企画したのが始まりらしいがお菓子作りやお料理の教室も盛況しているらしい。
私本当にやることあるのか?と思うくらいこの世界は異世界人の私に対して至れり尽くせりだった。昨日なんて麻婆豆腐食べたよ。こっちにきてまさかの麻婆豆腐。
これももちろん先代が開発した料理だ。
開発というよりは再現、か。どちらにせよ先代の食と衣類に対する情熱は凄かった。
下着まで彼女プロデュースだと知った時はぶっ飛んだ。
「おばあさまがよく言っていたが、神に祈る時はイチゴのお菓子を供えろと言っていた。神はイチゴが好きなのだと」
「ああ、だからスコーンもイチゴなのね」
納得した。
「おかげでイチゴのレシピは特にたくさん残されているよ」
バランがそう言って可笑しそうに笑う。
「そうだ。ねえ、この世界って水筒ってある?」
「水筒はあるがそれがどうかしたのか?」
「それって保温とか保冷とかできたりする?」
「いや、常温だ。魔法で温めたり冷たくさせたりとなると微調整が難しくてな。熱くなりすぎたり凍ってしまったりと器が持たないという問題がある」
そこだ!と私は目を輝かせた。
「じゃあさ、中に火の魔石を仕込んで温めておくのは?」
「器が燃えてしまわないか?」
「ここの水筒って何でできてるの?」
「軽いから中が空洞になっている木が主流だな。たまに鉄製も見るがあれは重たい」
そっかぁ、と私は唸る。発明につながればと思ったのだけれどなかなかそうは上手くはいかないか。
「じゃあ水の魔石は?あれなら冷やす温度ある程度調節できるでしょ?それを二重底に仕掛けておいたら?」
今度はふむ、と考える時間があった。
「それならいいかもしれないな。作り方も簡単だし一度作ってみてもいいかもしれないな」
「やったー!」
「暑い日に冷たいものが飲めるのは良いな」
でも、とふと思う。
「こんな簡単なこと今まで誰も思いつかなかったの?」
それを問うとそれが、とバランは説明してくれた。
「魔石を飲み水に入れるという発想が私たちにはなかったんだ。魔石を浸した水を飲むなんてとんでもないとな」
「え、有毒なの?」
「そういうわけではないと思うのだが何となく本能的に忌避してきたというか。だからヒナコ、一度神に確認をとってくれないか。本当に無害なのか。それで良いなら試そう」
「わかった!」
私は意気込んで頷いたのだった。
(続く)
「何の用だ」
アリシヴェートがきつい視線で私を睨む。
バランがまあまあととりなしてくれた。
バランが片手を上げて私の分のお茶まで用意してくれ、私が座れるよう場所を開けてくれたので有り難く彼の隣に座った。
「いま、教会に行ってきたんです。神様の声を聞きました」
「ほう?やはり聖女には話しかけてくださるのだな」
「他の人は話せないの?」
「年に一度、年初めに司祭だけが宣託を受けるな。あとは巫女も常に聞くことができると聞いている。だがそれ以外の我々のような一般人にはお声はかからないな」
「バランは王子なのに?」
「私は王として戴冠式に挑めばその時に聞けるはずだがそれ以外ではまず無いな」
へえ、と私は思う。結構気さくなおっさんって感じだったけどなぁ。
そう述べるとバランは声を上げて笑い、アリシヴェートは嫌そうに顔を顰めた。
「不敬だぞ」
そう低く言うアリシヴェートにバランはいいじゃないか、と笑う。
「先代も神とは懇意にしていた。王が彼女に頭が上がらなかった理由の一つがこれだね」
「あっ!先代!そう、先代のお話も聞いたの。いま、先代は神様の元にいらっしゃるそうなの」
これは初耳だったのか二人ともがきょとんとした顔で私を見た。
「おばあさまが、神の元に?」
「そう、気に入っているから連れてきたって。白虎の辺境伯も一緒だって言ってた。天の世界で三人で暮らしてるって」
「おばあさまとおじいさまが……」
「それでね、神様を呼ぶ女の人の声が聞こえたんだけどそれが先代の声かしらって思って」
かちゃりとアリシヴェートがカップをソーサーに戻して手を膝の上で組んだ。
「そうか、お二人が神の元に……」
「アリス……」
バランはアリシヴェートの心情を察しているのだろう、気遣わし気に彼を見た。
そしてアリシヴェートは自嘲気味に笑う。
「聖女というものは徳だな。聖女というだけで神の声が聞ける。私は幼い頃から教会に通っているが一度たりとも神が声をかけてくれたことはない」
「アリス、それは仕方のないことなんだ。いくらお前が先代の血を引いていてもお前は先代でもなければヒナコでもない。神の声を聞けるのは聖女と一部の限られたひとだけだ」
「わかっているさ、そんなこと」
そう言いながらもアリシヴェートは不満そうだった。
「あの、なにか先代のこととか聞きたいこととかありますか?良かったら私が聞きますよ?」
「余計な世話だ」
しかしそれはアリシヴェートにきっぱりと断られてしまう。
「すみません……」
「……」
アリシヴェートは何か言いたげに口を開き、そして閉じてからまた開いた。
「……だが、ありがとう」
視線を逸らしていうそれに、私がバランを見ると彼はぱちんとウインクをしてくれた。
私はようやく彼の中への第一歩を踏み出せたようだった。
「今日はイチゴのスコーンなんだって。餡子とクロテッドクリーム塗るんだってさ。美味しそうだよねー」
私が神様のところに行く時間は大抵魔法練習が終わってからなのでお茶の時間に近い。
だからかいつも神様は今日のお茶菓子について話してくれる。他愛もない会話だ。
最近では教会を出た後はバランの執務室に行くのが日課となっている。
すると大抵バランとアリシヴェートがお茶をしているのでそこにお邪魔させてもらうのだ。
「餡子もクロテッドクリームもおばあさまが発明されたものだ。チキュウでは普通にあるらしいな」
最近ではアリシヴェートも普通に話しかけてきてくれるようになった。大きな進歩だ。
「そうだね。クロテッドクリームはちょっと大きな店とか専門店行かないと無いけど餡子は普通に食べてたよ」
「お前は何か作らないのか?」
「へ?」
「おばあさまはお菓子作りがとてもお上手でいつも私たちに振舞ってくれていた。神にも亡くなるほんの数日前まで毎日供えに行っていた。お前はそういうことはしないのか?」
言われてうーん、と考えてみる。お菓子なんてクッキーくらいしか作ったことがない。料理なら一人暮らしをしていたのでそれなりにできるがあくまでそれなりだ。炒め物だとかちょっとした煮物くらいができる程度。
食べ物で先代に敵う気はしない。
「私もお菓子作り習おうかなぁ」
これも先代が企画したのが始まりらしいがお菓子作りやお料理の教室も盛況しているらしい。
私本当にやることあるのか?と思うくらいこの世界は異世界人の私に対して至れり尽くせりだった。昨日なんて麻婆豆腐食べたよ。こっちにきてまさかの麻婆豆腐。
これももちろん先代が開発した料理だ。
開発というよりは再現、か。どちらにせよ先代の食と衣類に対する情熱は凄かった。
下着まで彼女プロデュースだと知った時はぶっ飛んだ。
「おばあさまがよく言っていたが、神に祈る時はイチゴのお菓子を供えろと言っていた。神はイチゴが好きなのだと」
「ああ、だからスコーンもイチゴなのね」
納得した。
「おかげでイチゴのレシピは特にたくさん残されているよ」
バランがそう言って可笑しそうに笑う。
「そうだ。ねえ、この世界って水筒ってある?」
「水筒はあるがそれがどうかしたのか?」
「それって保温とか保冷とかできたりする?」
「いや、常温だ。魔法で温めたり冷たくさせたりとなると微調整が難しくてな。熱くなりすぎたり凍ってしまったりと器が持たないという問題がある」
そこだ!と私は目を輝かせた。
「じゃあさ、中に火の魔石を仕込んで温めておくのは?」
「器が燃えてしまわないか?」
「ここの水筒って何でできてるの?」
「軽いから中が空洞になっている木が主流だな。たまに鉄製も見るがあれは重たい」
そっかぁ、と私は唸る。発明につながればと思ったのだけれどなかなかそうは上手くはいかないか。
「じゃあ水の魔石は?あれなら冷やす温度ある程度調節できるでしょ?それを二重底に仕掛けておいたら?」
今度はふむ、と考える時間があった。
「それならいいかもしれないな。作り方も簡単だし一度作ってみてもいいかもしれないな」
「やったー!」
「暑い日に冷たいものが飲めるのは良いな」
でも、とふと思う。
「こんな簡単なこと今まで誰も思いつかなかったの?」
それを問うとそれが、とバランは説明してくれた。
「魔石を飲み水に入れるという発想が私たちにはなかったんだ。魔石を浸した水を飲むなんてとんでもないとな」
「え、有毒なの?」
「そういうわけではないと思うのだが何となく本能的に忌避してきたというか。だからヒナコ、一度神に確認をとってくれないか。本当に無害なのか。それで良いなら試そう」
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