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 アリシヴェート・ダル・ヴィルフォア。
 私やバランと同じ二十歳で近衛騎士団少佐。
 偉大なる曽祖父母を尊敬するがゆえにそれをプレッシャーと感じている。
 特に曽祖父とは同じ獣人であることからそれと同じかそれを超えるほどの実績を上げねばならないと思っている。

 それに加えて先代を強く敬愛していて新しい聖女である私と先代を何かと比べて悪態をつく。
 バランやハランルートでは思い詰めた彼が私を害そうとしてそれを知ったバランまたはハランにあわやというところで取り押さえられて処刑されるのだ。

 攻略キャラは四人いて、バランとハランの他にはパレヴィス出身の商人と王城内にある教会の助祭なのだが私はバランとハランを落とした時点でアリシヴェート救済ルートを始めてしまったのでこの残りの二人に関しては攻略の要であるコンプレックスが何かくらいしか記憶にない。

 でも確かこの二人も私がアリシヴェートに危害を加えられる寸前に助けてくれてそれでアリシヴェートの企みが発覚して結局はアリシヴェートは破滅の道に堕ちるのだったはず。
 私のときコンに関する情報はそれくらいだ。こんなことになるなんて思っても見ないから攻略サイトはその時その時必要なところしか見ていなかったのだ。

 もっと読み込んでおけばよかったと嘆いてももう遅い。そもそもゲームとこの世界は少しずつ違っているのでこの知識もどこまで当てにして良いのかわからない。
 ゲーム通りなら四人全員から告白されてそれを断らなければ悪役令息ルートは開かないのだがそれって現実的に考えると結構無理がある。

 普通に生きていて告白されるかなんてそうそうないのにわざわざ聖女なんて厄介な立場の人間に告白しようと思う人はいるのか?
 ここはもう直接アリシヴェートを落とす方向で行った方が良いと思う。うん。
 私はそう思って拳を握ったのだった。


 午後の魔法学で基礎的な知識を得た私は早速魔法を使ってみることになった。
 初めは基本的な生活魔法。楽々クリア。
 城の敷地内にある魔法練習場へ移動して光以外の属性の魔法を試してみる。
 制御がまだまだだったが筋が良いと褒められた。

 魔力量も十分で、先代に負けずとも劣らずということだった。
 魔法の練習をしていたらふと視線を感じて手のひらに生み出していた水球を消してそちらを見た。
 練習場の入り口にはバランとアリシヴェートが立っていた。
 私が軽く手を振るとバランはにこりと笑って手を振りかえしてくれたがアリシヴェートはつんと顔を背けてしまう。

 私は駆け寄ってにっこりとふたりに笑いかけた。

「こんにちは、バラン、アリシヴェート様」
「やあ、捗ってるみたいだね」

 バランがにこやかに言う。アリシヴェートはむっつりとしたままだ。

「はい、魔力量も先代並みにあるって言われました」

 今はまだ簡単な魔法しか使えないけれどひと月もあればマスタークラスになれるだろうとの見立てだった。

「……おばあさまは偉大なる聖女であり魔法使いだった。その名を汚すようなことはするなよ」
「アリス」

 バランの咎める声に彼は昨日と同じようにふんと鼻を鳴らすとさっさと踵を返して去ってしまった。

「すまないな」
「いえ、大丈夫です。はやく行ってあげてください」
「ありがとう」

 バランは軽く頭を下げるとその場を去っていった。
 私は練習場の中央に戻ると先生の指導の下、また練習を再開した。


 練習を終えて、私はレーネに付き添われて城内の教会に足を運んだ。
 庭園の奥にそれはあって、白い壁に青の垂れ幕がいくつもかかった建物だった。
 中も白と青が基調となっていて、助祭の人が出迎えてくれた。
 金に近い茶髪に鳶色の瞳の青年。多分この人が三人目の攻略キャラだ。

「初めまして聖女様。私は助祭のイリアシア・サレンダスと申します。気軽にイリアと呼んでくださいね」

 にこやかに言うイリアさんに私もにこりと笑う。

「ではイリアさん、よろしくお願いします。私のこともヒナコでいいですよ」
「いいえ、とんでもない。聖女様をお名前で呼ぶなど畏れ多いです」
「そうですか?では慣れたらヒナコと」

 彼はホッとしたように肩を落とすとでは慣れたらぜひ、と微笑んだ。
 イリアシア、という名には「神の光」という意味がある。
 まるで教会に勤めるために生まれてきたような人なのだがこの人はこの名前がコンプレックスだった。

 助祭になる際に神からの宣託を受けるのだが、その時にこの人は神から「君は面白くないね」と言われたのだそうだ。それがコンプレックスで神への尊敬はあるが畏怖の念の方が強いようだった。
 愛称で呼ばせたがるのもそれだ。己の名前が不遜だと感じていて、正式な名で呼ばれることに抵抗があるのだ。

 というのがゲームでの情報なのだがこちらの彼の本当のところがどうなのかは知らない。

「こちらが礼拝室になります」

 案内された個室の礼拝室で私は彼に祈り方のポーズを教えてもらい、祭壇の前で両膝をついて手を組んで目を閉じた。
 神様、神様、聞こえますか?

「聞こえているよ。新しい聖女よ」

 うひゃあ!耳元で声がする!変な感じ!

「暮らしに不自由はないか?」

 まだ二日目なのでなんともですけど今のところ意見を尊重してもらってます。

「そうか。何かあったら言いなさい。ことによっては天罰をくだしてやるから」

 あの、それは先代聖女との約束だからですか?

「そうだよ。シオリ、先代聖女との約束だから私はお前を庇護してやる」

 先代様はシオリさんっていうんですね。

「そうだ。あの子の作る菓子は絶品でな。食べれなくなるのは勿体無いから天界に召し上げた」

 え!先代って神様のところにいるんですか?

「そうだ。アデンミリヤムと共に召し上げた」

 あでん……?

「シオリの伴侶だ」

 白虎の獣人の方ですね?

「そうだ。今は三人で天界で暮らしている」

 するとどこか遠くから「神様ー!お茶の時間ですよー!」と声がした。女性の声だ。

「おっと。では私はこれからティータイムだから失礼するよ」

 は、はあ。

「よい異世界ライフを」

 そしてふっと違和感が消えて神様が去ったのだと理解した。
 これはアリシヴェートに報告すれば喜んでもらえるのでは?
 私はそう思い礼拝室を後にした。



(続く)
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