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 敬介が一通りの魔法が使えると分かると宰相たちは魔王討伐の作戦を立て始めた。
 現在魔王が放った魔物たちが北の国境付近で暴れていて兵士たちと交戦中なのだそうだ。
 近衛兵団を率いて当たると唱えるものもいれば全魔法が使えるのなら最低人数で当たればいいと唱えるものもいた。
 暴れている魔王は闇属性特化らしく額の石の色は紫なのだそうだ。大きさもニセンチもない。その時点でもう敬介の有利、いや、勝利は確定しているのだ。

「あの、説得、とかはダメなんですか?女性と交われば魔王じゃなくなるんですよね?」

 敬介のその疑問に答えたのはアルベニーニョだった。

「既に交渉は行っているんですよ。その際に出た条件が相手は聖女であること。それ以外の女性は受け付けない。その一点張りです。ですがまあ、幸いにも聖女召喚はできる環境でしたのでそれを受けました。そして召喚を行ったのですが……」
「現れたのが私、と」

 そういうことです、とアルベニーニョがうなずく。

「あと三年待ってもらうとか……」
「それを聞いてもらえるような雰囲気ではありませんでしたね。あなたは穏やかであられるからわからないのかもしれませんが、魔王というものは基本的に気性が荒い。それは余りある魔力に精神を蝕まれるからです。逆になぜあなたがそうも穏やかで在れるのかが私たちには不思議でなりません」
「ええと、それはこちらに来て一日だから、とかですか?」

「しかしそれにしたってその額の魔石の大きさを思えば一日もあれば十分に性格に変調をきたすレベルです。異常はないのでしょう?」
「はあ、特に変わりはありません」
「破壊衝動が湧き上がってくるとか」
「無いです。むしろ今でも魔王を倒すのが怖いくらいです」

「ということであなたは特別なのです。もう一方の魔王はもうだいぶ精神をやられているようでした。聖女で鎮めることができないのならもう倒すしか無いのですよ」

 そうなのか、と敬介は視線を落とす。しかしすぐに視線を上げて一同を見た。

「あの、思ったのですが額の石が魔力の源なんですよね?その石を破壊するというのはどうでしょう」

 しかしそれもアルベニーニョが否定する。

「魔石は脳にまで根を張っています。下手に破壊するとどちらにしろ死にます」

 だがふとアルベニーニョが視線を上げた。

「あなたがそれをやってくださるならもしかしたら彼は助かるかもしれません」
「というと……?」
「あなたの魔法で魔石の根ごと消滅させるのです。破壊ではなく。そうすればもしかしたら」

 そうすれば誰も死ななくて済みます。そう言われて敬介はぎゅっと拳を握った。

「……やります。やらせてください」

 その代わり、とアルベニーニョを見た。彼はわかっています、と優しい表情でうなずいた。

「私がサポートします。ご安心を」

 敬介はほっと息を吐いた。


 方針は決まった。となるともう話は早かった。三日後に近衛兵団第一軍を率いて北部へと向かうこととなった。
 しかしこれは魔物の掃討のためであり、魔王の居城に向かうのは敬介とアルベニーニョだけとなった。

 要はすべてを敬介に押し付けたのである。
 敬介は自分でやると言った以上反論はできなかったしアルベニーニョもその方が邪魔が入らなくてやりやすいでしょうと言った。アルベニーニョは敬介の魔力を信じているようだった。

「しかし本当に私にできるでしょうか……」

 あてがわれた部屋でアルベニーニョとお茶を飲んでいると彼は大丈夫ですよと笑った。

「今日の魔法を見ていた感じ、コントロールは完璧です。自信を持ってください。できる、という確信こそが魔法を確かなものにするのです」
「でももし石を取り除いてそれで死んでしまったら……」
「それはもう仕方ないです。あなたのせいではありません。あの魔王に助かる道が無かったというだけの話です」
「……」

 俯くとアルベニーニョがもう一度あなたのせいではありません、と強く言った。

「……はい」

 やると言った以上はやらねばならない。視線を落としているとアルベニーニョが席を立ってちょっと失礼、と隣りに座った。
 そうして肩を抱き寄せて優しく抱きしめてきた。

「大丈夫、うまくいきますよ。あなたならなんだってできる」
「ほんとうに……?」
「ええ、私を信じてください」

 低く渋い声が敬介の体に染み渡る。このひとにそう言われると自信が湧いてくる。できるという気がしてくる。

「はい……」

 うっとりとそのたくましい背に腕を回して抱き返す。
 優しく背中を撫でられることがこんなに心持ちの良いことだと敬介は初めて知った。


 翌日は午前中はまた魔法の練習をして午後は軽い打ち合わせの後のんびりと過ごした。
 そんな敬介に付き合ってくれるのはやはりアルベニーニョだ。
 流石に申し訳ない気がして自分は一人でも大丈夫だから仕事に戻ってもらっても良いんですよ、と言ってもあなたの傍にいたいので、と微笑まれてしまう。

「それに、私一人いないだけで回らなくなるようなものではありませんから」

 副官は全部で私含め三人いますしね、と彼は笑う。

「最初ケイスケがやってきたとき、私が率先して前に出たでしょう。あれ、なぜだと思いますか」
「え……?」
「私が死んだって悲しむ者がいないからです」

 敬介が息を呑むとアルベニーニョは苦笑した。

「王位継承権を持つでもない、半端者の獣人だと人は言います」
「アルベニーニョ……」
「だから私も何事にも執着しない人間だったんです。あなたに一目惚れをして、初めて欲しいと思った。なにかにこんなに強く執着したのは初めてなんです」
「……私はその期待に応えられるだけの人間だろうか」

 アルベニーニョは私自身が保証します、と微笑んだ。
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