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「私はね、王の甥なのですよ」

 城に滞在させてもらえることになり、部屋に案内されながら敬介はアルベニーニョからそんな話を聞いた。

「王弟の息子なんです」
「だから王と親しげだったんですね。では王位継承者というわけですか?」

 すると彼は苦笑していいえ、と肩をすくめた。

「私は獣人ですから王位継承権は持てません。そういう決まりです」
「言いづらいことでしたらすみません、ご両親が獣人だったんですか?」
「大丈夫ですよ。この世界では獣人は遺伝ではありません。偶発的に生まれるのです」

 ただ、とアルベニーニョは続ける。

「生みやすい人、というのはあるようです。だから母は私を産んで以来子を成すことを恐れてしまった。また獣人が生まれるのではと」
「あの、獣人と人間の間には差別があるんですか?」
「多少はあります。ですが確かに獣人は見た目で損をしますがその代わり身体能力と計算能力が高い。だから軍人としては重宝されます」

「見た目……損するんですか?」
「え?」
「私はあなたをとても格好が良いと思いますが」

 きょとんと金色の目を丸くしたアルベニーニョに敬介ははっとしてすみません!と頭を下げた。

「ぶ、不躾なことを……!」

 するとアルベニーニョは目を細めていいえ、と笑った。

「ありがとうございます」
「気を悪くなさってませんか」
「いいえとんでもない。男が格好良いと言われて悪い気なんてしませんよ」
「それならいいんですけれど……」
「不躾と言えばですが、ひとつ聞いてもいいですか?」
「え?はい」
「頭の角は重くないのですか」

 はあ、と敬介は頭に生えた角に手をやる。

「それが全く重さを感じないんですよ。今も言われるまで存在を忘れてました」

 アルベニーニョは気をつけてくださいね、と言った。

「魔王の角は万能薬として知られています。欲しがる物好きが出てこないとも限りません。もし角を削らせてくれだとか言われたら断固として断ってください。そして私に報告してください。然るべき処置を取りますので」

 いいですね、と念押しされて敬介はこくこくとうなずいた。


 案内された部屋は敬介が想像していたよりはるかに広かった。
 洗面所や風呂場、トイレもついていたし思いの外衛生的だった。

「服を準備しますのでサイズを測らせていただきますね」

 アルベニーニョが手を叩くと二人の執事姿の男がやってきて採寸をしていった。

「夜までに何着か見繕って届けますので」
「何から何まですみません」

 恐縮しきりの敬介にアルベニーニョは構いませんよと笑った。

「疲れていませんか?一休みしますか?それとも城内をご案内しましょうか」
「さほど疲れてはいませんが……アルベニーニョさんこそお仕事は良いんですか」
「アルベニーニョで良いですよ。まだ若輩者ですから」
「え、アルベニーニョさん……じゃなくてアルベニーニョはいくつなんですか?」
「今年で三十二になりました」
「えっ!声が渋いからてっきりもう少し上かと……あ、すみません」
「いえ、よく言われるんで気にしてません。獣人は見た目ではあまり年はわかりませんしね」

 アルベニーニョが笑ってくれたので敬介もさほど気にせずそうですか、と返せた。

「敬語も要りませんよ」
「ええとこれは私の癖のようものなので……慣れたら、そのうち」
「では、そのうちを楽しみにしています」

 そんなことを話しながら部屋を出て城内を案内してもらうことになった。


「わ……」

 庭園に出ると色とりどりの花が咲き乱れていて敬介は足を止めた。

「一周しますか」
「良いですか?」

 勿論、とアルベニーニョは笑った。

「ここの庭園は四季折々に何かしら咲いているので見ものですよ。まあ真冬は少々寂しくはなりますが……冬は冬で冬薔薇が咲くのでそれが見ものですかね」
「冬薔薇。へえ」

 敬介は元の世界にいた頃にさほど花に興味がある方ではなかった。けれどこれだけ圧巻の庭園を見せられては興味を惹かれてしまう。
 一時間ほどかけて一周して、敬介はちょっとだけ息が上がっていた。

「すみません、疲れさせてしまいましたね」
「い、いえ、運動不足なだけなので……いい運動になりました」

 笑いかけるとアルベニーニョはじっと敬介を見下ろしている。

「どうかしましたか?」

 敬介がきょとんと見上げていると、いえ、と彼は目を細めた。

「他の魔王があなたのようだったら良かったのに、と思いまして」
「そ、それはなんと言いますか、私はただ流されて生きてきただけなので……そのう、女性に対してそれほど強い欲求を抱いたことがなくて、あ、いや、そういう言い方すると同性愛者を疑われるかもしれませんが私はひとというものに興味がないんです、たぶん」

「人に興味がない?」
「ええ。家庭を持って愛妻弁当を幸せそうに食べている部下を見ても羨ましいと思ったことがありません。バレンタインやクリスマス……ああええと、恋人同士のイベントみたいなものなんですけど、それで贈り物をする恋人同士を見ても微笑ましいなあと思うだけで羨ましいとは思いません。寂しくないわけではないんです。でも、私はそういう出会いを見逃してきた。だから仕方ないんだと思ってしまうんです。足掻くより諦めたほうが楽なんです」

 馬鹿みたいですよね、と苦笑してみせるとアルベニーニョはだったら一度足掻いてみませんか、と言った。

「え?」
「私を相手に一歩踏み出してみませんか?」
「ええ?!」
「獣人の私では好みではないですか」
「えっ、いえ、獣人だからとかじゃなくて、その、私あなたより二十も年上で……!」
「私は気にしません」

「出会ってまだ数時間で……!」
「一目惚れしました」
「えええ?!」

 にこにこと爆弾発言を続けるアルベニーニョ。敬介はあわあわと戸惑うばかりだ。

「今日はここまでにして部屋に戻りましょう。食事は運ばせますので部屋でお待ち下さい」
「え、あ、はい」

 そうして部屋の前までアルベニーニョは敬介を送るとそこで敬介の右手を取って手の甲に口づけた。

「今でなくていいので一度真剣に考えてみてください」

 アルベニーニョはチェシャ猫のようなちょっとだけ怖い笑い方をして去っていった。

「何だったんだ……」

 敬介は頬が赤いのを自覚しながら右の手の甲を左の手で包み込んだ。
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