異世界の弟とごはんを。

高槻桂

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第一部

18.回鍋肉

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 水族館に来た。
 日曜ともなれば人出が多く少しばかりうんざりしたけれどこれもセレスティノの経験のためだと我慢した。
 当のセレスティノは迎えてくれたシャチやイルカ、ベルーガにきらきらとした視線を送っていた。
 凄いだの大きいねだの逐一勝臣を振り返るセレスティノに、勝臣はそうだな、と柔らかい視線を向けた。
 この笑顔が見られるのなら人混みにやってきた意味もあるというものだ。

 朝一番のイルカショーを見て、一番前の席の奴らはどうして濡れると分かっていてあの席にいるのだろうと勝臣は思った。自分だったら濡れるのは真っ平御免だ。着替えでも持ってきているのだろうか。そう思いながらイルカの大ジャンプを見た。
 ショーが終わると北館から南館へと移り、順に見ていく。

 マイワシのトルネードもタイミングよく見れたしセレスティノも「アレはアジ。おいしいやつ」とか言いながら色んな魚を見ていた。
 クラゲのコーナーやペンギンのコーナーではしばし時間を忘れて見入っていた。
 ペンギンってやつはどうしてこうも飽きない動きをするんだろうな。そう言った勝臣にセレスティノは可愛いね、と笑った。可愛いのはお前だ、と思ったけれど口には出さなかった。

 レストランは昼をだいぶ過ぎていても満員で空いてなかったので水族館を出て少し行ったところにある商業施設の中にある店でオムカレーを食べた。
 セレスティノはオムカレーを気に入って、今度家でも作ってよ、と言われた。まあそれくらいなら簡単にできるからいいぞ、と答えるとセレスティノは本当に嬉しそうにありがとうと言った。そんなセレスティノに勝臣はこいつ本当に食べることになると楽しそうだな、と思った。

 その後は海洋博物館へ行ったり南極観測船の中を見たりして。
 南極観測船の中には人形で当時の様子を表したものもあるのだが、それを失念していた勝臣は唐突に現れた人影にびくっとしてセレスティノに笑われた。
 満喫したらなかなかいい時間になっていたのでそろそろ帰るか、と電車に乗った。

 いくつか乗り継いで最寄り駅で降りて、スーパーへと歩く。
 今日は回鍋肉にしようかと思っていたのでキャベツにピーマン、ネギをカゴに入れてあとは豚肉もカゴに入れた。

 スープもあったほうが良いな、と思ったので中華スープの素を買ってしめじと卵もカゴに入れる。
 サラダのための野菜はまだ残っているのでそれは買わなくていい。
 あとは明日の食パンがなかったのでそれもカゴに入れた。ジャムはあっただろうか。主にセレスティノが消費しているので勝臣にはわからない。

「なあ、ジャムってまだあったか」
「あ、そうだね、そろそろマーマレードがなくなるかな」
「じゃあそれも買うか」

 マーマレードの瓶もカゴに入れてあと牛乳を二本。
 レジに並んで支払いを済ませる。支払いはいつものようにセレスティノの役目だ。

「金、まだあるか」
「うんとね、三千円」
「じゃあこれ補充分な」

 一万円を自分の財布から出して渡すとありがとう、とセレスティノは自分の財布にお金をしまった。
 帰宅して、良い時間だなと思ってキッチンに立つとセレスティノも手を洗ってエプロンをつけた。
 小鉢に砂糖、しょうゆ、酒、豆板醤、甜麺醤、チューブのおろしにんにく、あと水を少々と片栗粉を混ぜて先に作っておく。
 隣ではセレスティノがサラダを作っていた。

「ディーノ、それが終わったら鍋に水沸かしてくれ」
「あいさ」

 キャベツにピーマン、ネギをざくざくと切って豚バラ肉を先に炒めて火が通ってきたらキャベツたち野菜をどざっと入れて炒めていく。ついでにしめじも切って鍋に投入した。
 回鍋肉は混ぜておいた調味料を回しかけて仕上げにかかる。
 ジャアアッと美味しそうな音を立てて炒めたそれを大皿にざっとあけて。

 ぐつぐつとしている鍋には中華スープの素を入れて一旦火を止めて溶き卵を回し入れる。そしてまた火をつける。
 軽くかき回して卵に火が通ったのを見て小ネギを散らす。完成だ。
 ご飯は大盛り。異論は認めない。

「そういやドレッシング残ってたか?」
「今日の分はありそう」
「明日買わないとな」
「俺の好きなの買って良い?」
「いいぞ、冒険しても」
「やった、色々気になってるんだよね」

 勝臣に任せるとチョレギサラダドレッシングしか買ってこないのでそこはセレスティノの自由な感性に任せることにした。
 そうしてローテーブルの前に座って手を合わせる。

「いただきます」
「いただきます」

 回鍋肉をわしっと箸で掴んでがふりと口の中に入れる。甜麺醤がよく効いていてあとにんにくを多めに入れたのが良かった。文句無しで美味い。
 そこにご飯をかきこんで合わせる。ご飯があっという間に無くなりそうだ。
 そこによく冷えた麦茶でごくごくと流し込む。最高だ。

 中華スープもいい塩梅だ。最初実は中華スープの素が足りなかったかな、と思ったのだが回鍋肉が味がしっかりと濃いので少し薄めのスープがさっぱりとして美味しい。
 今日もたくさん食べていただきましたをして。
 ふたりで洗い物をしていたらねえ、とセレスティノが声をかけてきた。

「なんだ?」
「兄さんはさ、俺を抱くのと抱かれるの、どっちを想定してる?」

 危うくグラスを落とすところだった。

「それは、まあ……その、だな」
「うん」

 しどろもどろになる勝臣にセレスティノは焦らず言葉を待ってくれる。
 それについては考えたことはある。というかここ最近はずっとそれについて考えている。
 それによって導き出された答えはというと。

「……お前に合わせるよ」
「いいの?俺が抱きたいって言ったら抱かせてくれるの?」
「う……ああもう、いいよ。どっちも想像してどっちもイケるって思っちゃったんだから仕方ないだろ」
「そうなの?」
「まあ、お前が好きな方でいいよ」
「俺、抱きたいの一択なんだけど。本当に大丈夫?」
「お前そんな草食獣みたいな顔して肉食なんだな」

「草食獣みたい顔してる?俺」
「雰囲気がだよ。まあとにかく、勉強しておくからもうちょっと待ってくれ。俺も男同士なんてやったことがないんだから」
「俺も男は始めてだなあ。俺も調べておくね」

「お、おう」

 もにょもにょと言って洗い物を終えると、兄さん、とまたセレスティノが呼んだ。

「なに……ん」

 ちゅ、と口付けられて勝臣はまじまじと目の前の男の顔を見た。
 本当にきれいな顔をした男だなあ、と惚れ惚れして、これが俺の恋人なのだと思うとくすぐったい気持ちになった。

「……兄さん、固まってる?」

 くすりと笑うセレスティノにいや、と勝臣も苦笑する。

「いい男だな、と思っただけだ」
「兄さんの男だよ」
「そうだった、俺のだった」

 笑い合ってもう一度キスを交わしたのだった。
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