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第一部
17.サーモンのホイル焼き
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今日は土曜日なので会社は休みだ。
だからふたりで昼ごはんを食べた後、スーパーに買い物にでかけた。
想いが通じ合って一週間が経とうとしている。けれどふたりの関係は特に変わりはなかった。
それは勝臣が待ったをかけたからである。
勝臣は今までそれなりの恋愛経験があった。勿論童貞ではない。
しかし、それが本気の恋だったかと聞かれればよくわからない。
つまり、怖気づいたのである。
ちゃんと気持ちが固まるまで待ってくれ、と勝臣は情けなくもセレスティノに請うた。
セレスティノはいいよ、と笑った。
兄さんの気持ちが固まるまでいつまでも待つよ。そう言ってくれた。
変わらず接してくれるセレスティノにありがたく思いながら勝臣はずっと考えていた。
これは今までのように嫌になったら別れればいいという問題ではない。
セレスティノは恋人である以前に家族だ。これから一生付き合っていく相手だ。
自分が本当にセレスティノの人生を背負えるのか。それをずっと考えている。
「お」
勝臣は鮮魚コーナーで足を止めた。横を歩いていたセレスティノも足を止める。
「サーモン安いな。大ぶりだしうまそうだ」
「包み焼きにしたら美味しそうだね」
「包み焼き……そうか、ホイル焼きだ」
「ホイルってあの銀色のやつ?」
「そうだ。あれで包んで焼くと美味いんだ」
「えー食べてみたい」
「じゃあ今日はホイル焼きにしようか」
「やったー!」
大ぶりのサーモンを四切れカゴに入れて、あとはえのきとレモン、バターを買うことにする。
えのきが余るだろうからそれを使ったスープも作ろう。小ネギもカゴに入れる。
サラダもあったほうがいいな。サニーレタスときゅうり、トマトもカゴに入れた。
買い物を終えて帰宅して、材料を一旦冷蔵庫に入れる。
牛乳をふたつのマグカップに注いでレンジで温めてそこにインスタントコーヒーを入れてカフェオレを作る。
それを片手にソファに座ってテレビを観た。
セレスティノはラグの上に座ってタブレットで何やら勉強している。
昼過ぎのバラエティ番組をぼうっと観ながらセレスティノのことを考える。
セレスティノには勝臣しかいない。セレスティノの世界は勝臣で完結している。だからセレスティノは勝臣を愛しているだけではないのだろうか。
いつか働きに出るようになって世界を知れば違う相手を好きになるんじゃないだろうか。
「兄さん」
セレスティノがじっとこちらを見上げていた。手の中のマグカップはだいぶぬるくなっていた。
「なんだ、分からないところがあったのか」
「ううん、兄さんが何考えてるんだろうなって思って。難しい顔してたから」
「そんな顔に出てたか」
出てたよ、とセレスティノは笑う。
「どうせ俺のことでしょう」
「……」
勝臣は観念して溜め込んでいる気持ちを吐き出した。セレスティノの人生を背負えるか自信がないこと、セレスティノだって世界が広がれば見方も変わってくること。
それらをセレスティノはばかだなぁと一笑に伏した。
「俺の人生なんだから兄さんが全部背負う必要はないよ。まあ半分くらいは背負って欲しいなって思ってるけどその代わり俺も兄さんの人生半分背負うよ。じゃないと対等じゃないだろ?」
それにね、とセレスティノは優しい声で言う。
「俺の父上が獣人って話はしたよね。獣人ってね、愛情深い生き物でね、たったひとりを愛し抜くんだ。俺はその血を受け継いでる。賭けてもいい。俺はこの先どんな人と関わろうとも兄さん以上に愛する人は出来ないよ」
「お前は今まで誰かを愛したことはないのか」
「俺もいい歳だから体の経験はあるけど誰かを好きになったことはないかな。勝臣が初めてだよ」
初めて会ったとき思ったんだ。セレスティノは言う。
「ああ、俺はきっと一生この人を愛していくんだって」
俺の直感は外れたことがないんだとセレスティノは笑った。
「……そうか」
勝臣はマグカップをローテーブルに置くとセレスティノに向けて両手を広げた。セレスティノは目を見開いたあと嬉しそうに笑ってソファに腰掛けると抱きついてきた。
ぎゅうっと抱きしめるとセレスティノは思っていたより体に厚みがあるのだと知った。
そっと体を離して見つめ合う。自然と顔を寄せて目を閉じた。
初めて触れたセレスティノの唇は柔らかくて、勝臣は自身の唇が荒れてないか心配になった。
広げたアルミホイルの上にサーモンを一切れずつ並べてスライスしたレモンを二切れ並べる。
その上に石突を落としたえのきを乗せて塩胡椒をしてオリーブオイルを少し垂らす。
最後に多めに掬ったバターを落としてホイルを包んでグリルに並べて火を入れる。
サラダはセレスティノが担当だ。洗ったサニーレタスをちぎって大皿に盛り、その上に切ったきゅうりとトマトを並べる。
そしてスープを作る。沸騰した鍋の湯の中に残ったえのきを全てほぐしながら入れて一煮立ちしたら鶏がらスープの素を入れる。味を見て醤油をひと回し入れる。仕上げに切った小ネギを散らして完成だ。
グリルを開けてホイルの包みをひとつ開けてみる。よし、火が通った。
ひとりふたつ包みを皿に乗せてローテーブルに置く。その頃にはセレスティノが箸やら麦茶やらを出しておいてくれる。
では手を合わせて。
「いただきます」
「いただきます」
ホイルを開けると熱々の湯気が溢れ出してバターとレモンの香りが広がる。
そこに醤油をつとかけて箸を入れる。
サーモンを切り分けてひとかけら食べる。サーモンの脂と旨味がバターのまろやかさとレモンの爽やかさ、醤油の香ばしさで包み込まれていて美味い。
「レモンすっぱおいしー!」
セレスティノがレモンを齧って嬉しそうにする。レモンももちろん火が通っているので食べれる。これもまた美味いのだ。
勝臣はちらとセレスティノを見る。セレスティノの唇は今はサーモンの脂で少してらてらとしていた。
キス、しちまったなぁ。
もう戻れない。でももう、戻る気もないのだ。
一緒に歩いて行こう。
勝臣はそう思ってサーモンをまたひとくち食べた。
だからふたりで昼ごはんを食べた後、スーパーに買い物にでかけた。
想いが通じ合って一週間が経とうとしている。けれどふたりの関係は特に変わりはなかった。
それは勝臣が待ったをかけたからである。
勝臣は今までそれなりの恋愛経験があった。勿論童貞ではない。
しかし、それが本気の恋だったかと聞かれればよくわからない。
つまり、怖気づいたのである。
ちゃんと気持ちが固まるまで待ってくれ、と勝臣は情けなくもセレスティノに請うた。
セレスティノはいいよ、と笑った。
兄さんの気持ちが固まるまでいつまでも待つよ。そう言ってくれた。
変わらず接してくれるセレスティノにありがたく思いながら勝臣はずっと考えていた。
これは今までのように嫌になったら別れればいいという問題ではない。
セレスティノは恋人である以前に家族だ。これから一生付き合っていく相手だ。
自分が本当にセレスティノの人生を背負えるのか。それをずっと考えている。
「お」
勝臣は鮮魚コーナーで足を止めた。横を歩いていたセレスティノも足を止める。
「サーモン安いな。大ぶりだしうまそうだ」
「包み焼きにしたら美味しそうだね」
「包み焼き……そうか、ホイル焼きだ」
「ホイルってあの銀色のやつ?」
「そうだ。あれで包んで焼くと美味いんだ」
「えー食べてみたい」
「じゃあ今日はホイル焼きにしようか」
「やったー!」
大ぶりのサーモンを四切れカゴに入れて、あとはえのきとレモン、バターを買うことにする。
えのきが余るだろうからそれを使ったスープも作ろう。小ネギもカゴに入れる。
サラダもあったほうがいいな。サニーレタスときゅうり、トマトもカゴに入れた。
買い物を終えて帰宅して、材料を一旦冷蔵庫に入れる。
牛乳をふたつのマグカップに注いでレンジで温めてそこにインスタントコーヒーを入れてカフェオレを作る。
それを片手にソファに座ってテレビを観た。
セレスティノはラグの上に座ってタブレットで何やら勉強している。
昼過ぎのバラエティ番組をぼうっと観ながらセレスティノのことを考える。
セレスティノには勝臣しかいない。セレスティノの世界は勝臣で完結している。だからセレスティノは勝臣を愛しているだけではないのだろうか。
いつか働きに出るようになって世界を知れば違う相手を好きになるんじゃないだろうか。
「兄さん」
セレスティノがじっとこちらを見上げていた。手の中のマグカップはだいぶぬるくなっていた。
「なんだ、分からないところがあったのか」
「ううん、兄さんが何考えてるんだろうなって思って。難しい顔してたから」
「そんな顔に出てたか」
出てたよ、とセレスティノは笑う。
「どうせ俺のことでしょう」
「……」
勝臣は観念して溜め込んでいる気持ちを吐き出した。セレスティノの人生を背負えるか自信がないこと、セレスティノだって世界が広がれば見方も変わってくること。
それらをセレスティノはばかだなぁと一笑に伏した。
「俺の人生なんだから兄さんが全部背負う必要はないよ。まあ半分くらいは背負って欲しいなって思ってるけどその代わり俺も兄さんの人生半分背負うよ。じゃないと対等じゃないだろ?」
それにね、とセレスティノは優しい声で言う。
「俺の父上が獣人って話はしたよね。獣人ってね、愛情深い生き物でね、たったひとりを愛し抜くんだ。俺はその血を受け継いでる。賭けてもいい。俺はこの先どんな人と関わろうとも兄さん以上に愛する人は出来ないよ」
「お前は今まで誰かを愛したことはないのか」
「俺もいい歳だから体の経験はあるけど誰かを好きになったことはないかな。勝臣が初めてだよ」
初めて会ったとき思ったんだ。セレスティノは言う。
「ああ、俺はきっと一生この人を愛していくんだって」
俺の直感は外れたことがないんだとセレスティノは笑った。
「……そうか」
勝臣はマグカップをローテーブルに置くとセレスティノに向けて両手を広げた。セレスティノは目を見開いたあと嬉しそうに笑ってソファに腰掛けると抱きついてきた。
ぎゅうっと抱きしめるとセレスティノは思っていたより体に厚みがあるのだと知った。
そっと体を離して見つめ合う。自然と顔を寄せて目を閉じた。
初めて触れたセレスティノの唇は柔らかくて、勝臣は自身の唇が荒れてないか心配になった。
広げたアルミホイルの上にサーモンを一切れずつ並べてスライスしたレモンを二切れ並べる。
その上に石突を落としたえのきを乗せて塩胡椒をしてオリーブオイルを少し垂らす。
最後に多めに掬ったバターを落としてホイルを包んでグリルに並べて火を入れる。
サラダはセレスティノが担当だ。洗ったサニーレタスをちぎって大皿に盛り、その上に切ったきゅうりとトマトを並べる。
そしてスープを作る。沸騰した鍋の湯の中に残ったえのきを全てほぐしながら入れて一煮立ちしたら鶏がらスープの素を入れる。味を見て醤油をひと回し入れる。仕上げに切った小ネギを散らして完成だ。
グリルを開けてホイルの包みをひとつ開けてみる。よし、火が通った。
ひとりふたつ包みを皿に乗せてローテーブルに置く。その頃にはセレスティノが箸やら麦茶やらを出しておいてくれる。
では手を合わせて。
「いただきます」
「いただきます」
ホイルを開けると熱々の湯気が溢れ出してバターとレモンの香りが広がる。
そこに醤油をつとかけて箸を入れる。
サーモンを切り分けてひとかけら食べる。サーモンの脂と旨味がバターのまろやかさとレモンの爽やかさ、醤油の香ばしさで包み込まれていて美味い。
「レモンすっぱおいしー!」
セレスティノがレモンを齧って嬉しそうにする。レモンももちろん火が通っているので食べれる。これもまた美味いのだ。
勝臣はちらとセレスティノを見る。セレスティノの唇は今はサーモンの脂で少してらてらとしていた。
キス、しちまったなぁ。
もう戻れない。でももう、戻る気もないのだ。
一緒に歩いて行こう。
勝臣はそう思ってサーモンをまたひとくち食べた。
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