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何故、妹は姉をざまぁするに至ったか58

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「イエルノがずっと私を見ていた……?」
 お姉様が私の事を見ている。じっと、その深緑の瞳に見据えられると落ち着かない。……お姉様が、私をちゃんと見ている。
 そのことに緊張しながら私は口を開いた。
「お姉様、お姉様は……お母様が亡くなってからお姉様は周りを見なくなりました。お姉様はただ自分の世界だけを信じ切っていて、私が何をしても――、私の事をみなかった」
 お姉様は私の事を見なかった。
 私が何を言おうとも、私がどんな行動をしようとも。その深緑の瞳に映るのは、お姉様の知っている別の”イエルノ・カプラッド”だけで、私自身では決してなかった。
 ――ただその瞳に私の事を映してほしいとそればかり考えていた。
「お姉様がおかしくなって、私はずっと……お姉様はどうしてこうなったんだろうって考えてた。どうしたらお姉様が”私”の事を見るだろうかって。どうしたらお姉様が元のように戻ってくれるかって。それしか私は考えていなかった」
 お姉様が私の世界の半分以上を覆っていた。私にとっての世界は狭くて、その狭い世界の中で私は絶望していた。どうして、お姉様は、私を見ないんだろうって。
「お姉様の事をずっと見ていて、お姉様がどうやったら私の事をまた見てくれるかって……。それしか考えていなかった私は、お姉様の秘密を知った。お姉様が何で私を私として見ないかもわかった。でも分かっても――納得なんて出来なかったし、お姉様が……私を見ない現実をそのままにしておくつもりはなかった。お姉様の事を諦めるのが一番良いって私は分かってたけれど……それでも私はお姉様を諦めきれなかった」
 ――自分を見ない存在のことなんて、諦めてしまうのが一番楽だった。諦めて……お姉様の事何てみないことが一番楽な事だった。
「だけど私はお姉様と家族で、お姉様をどうしても諦めたくなかった。だからお姉様がちゃんと私を……そして現実を見るように頑張ろうって思ったの。でも少しでも現実を思わせようと思ったら暴走したりしんじなかったり――一筋縄ではいかなかった。それだけお姉様は空想の世界にとらわれていて、私のことなんて全然見ていなかった」
 お姉様は私のことなんて全く見ていなかった。
「お姉様は……私の事を”イエルノ・カプラッド”という記号でしか見ていなかった。お姉様は私の事を見て何ていなくて、私が幾ら生徒会として頑張っていても、何かを言ったとしても――お姉様の中の”イエルノ・カプラッド”という記号でしか見ていなかった。だから……私は、お姉様の事が大嫌い」
 お姉様の目が見開く。それと同時に、どこか戸惑ったような怯えたような瞳が映る。ああ、ざまぁをする前のお姉様であったのならば、”イエルノ・カプラッド”が”アクノール・カプラッド”を慕っていることだけを信じ切って、私の言葉なんて信じなかっただろう。
 でも、今のお姉様は……私を見ているからこそ戸惑って、傷ついている。
 私の言葉が……ちゃんと、お姉様に届いているんだ。他でもない、私の言葉が。
 傷ついているお姉様を見て思わず笑ってしまう私は、性格が良いとは間違っても言えないだろう。
「……お姉様が私を見てくれなくて、私の言葉を聞いてくれないから大嫌い」
「イ、イエルノ」
「でもね……お姉様、私はお姉様の事を諦めきれなかった。本当にどうでもよければざまぁなんてせず、今のお姉様の事なんてカプラッド公爵家の令嬢として相応しくないと、そう告げて……どうにでもすることが出来るのに。私は、何時までもお姉様が私を見てくれることを望んでいたの。……私が、お姉様の事を大嫌いなのは本心だけど。でも――やっぱり……私は、お姉様が大好き」
 お姉様の目がまた見開かれる。
 何を言われているか分からないような瞳。戸惑いを見せるその目が、ちゃんと、私を映している。
「お姉様は、私のたった一人のお姉様。昔からお姉様の事が大好きだった。私にとって、お姉様があこがれだった。だから……お姉様が私を見てくれなくなって、私のことなんて欠片も気にしてなくて、それが悲しかった!! お母様が亡くなっただけでも悲しかったのに、お姉様まで居なくなったのかって思って!! でも、所々で、昔のお姉様がちゃんといるのが分かったから。――私の大好きなお姉様は、ちゃんといるんだって思ったから!! だから、私はお姉様の事を諦めきれなかった!!」
 お姉様はおかしくなったし、変わってしまった。だけど私の大好きなお姉様は、お姉様だけだった。代わりなんていない、私の大事なお姉様。
 思わずぽろぽろと涙がこぼれる。
 ああ、お姉様が私を見ていることが嬉しい。ちゃんと、私の言葉に、頷いてくれることが嬉しい。――お姉様が、戸惑っているのが嬉しい。
「だ……から!! 私はお姉様が、私を今、ちゃんと見てくれることが嬉しいの。……お姉様が、返ってきたんだって嬉しいの!! お姉様っ!!」
 嬉しくて、嬉しくて――お姉様が、ただ私を見てくれることが、ただそれだけが嬉しかった。
 泣きじゃくる私を、お姉様は恐る恐る抱き留めて、戸惑ったようにしながら、私をあやしてくれた。



 ――もう十六歳なのに、とそう思いながらも私はお姉様の体温に、お姉様のぽんぽんと背中を叩いてくれるその優しい手に――私のお姉様が帰ってきたんだと確信した。



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