異質な彼と冷たい彼女の話【リメイク版】

池中織奈

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彼が私に近づいてくる。

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 彼が私を見ている、というその事実が私の心をどうしようもないほど鼓動させていた。私の彼を好きという気持ちがあるからこその、その鼓動。
 彼が見ている、そのことに気づいているだけで私は前世も含めてこんなに緊張した事がないというほどに心臓をバクバクさせていた。
 彼はどうして私を見ているのだろうか。私の事を見つめて何をしようとしているのだろうか。……私に近づこうとしている?
 どうしましょう。見られているだけでこんなに心臓がバクバクしているのに、どうなるのかしら。近づかないでほしい。近づかれたら、私は、自分を保ているのか分からない。私は、正気を保てる自信はない。私は人に対して関心が持てない。だから、人に対して一定の態度をしている。それでなぜか周りは私に優しいという。私は多分、彼には一定の態度を保ていないと思う。
 それだけ、彼は私にとって特別だから。
 でも……前世も含めて特別な人なんていた事はない。彼が近づいて来たら、私はどうなってしまうのだろう。そう思うと不安になった。私は彼に特別を抱いているけれど、彼は私を気にしているだけ。気にされているだけでどうしようもない気持ちなのに近づかれたら……駄目だわ。逃げましょう。近づかれたら……怖いもの。あれだけ壊れかけている彼が私なんかに近づいていいわけがない。私は冷たい人間だから、彼の事を傷つけてしまう。
 私はだから、彼が私を見ているのを気づかないふりをする。彼が近づきたそうにしていても気づかないふりをする。
 彼が——私の事を見て、近づこうとしている。
 それを私は拒むことが出来るだろうか。……いいえ、出来ないわ。私は誰であろうと近づかれたら、受け入れてしまう。それが私だから……。そもそも今、近づきたそうにしているのを気づかないふりをしているのも、私にしては珍しいのに。ああ。シュアがとてもにこにこしている。……ニヤニヤしているけれども、不快感のない笑み。シュアは……私を害そうと思ってるわけでもはない。それを知っている。……ああ、でもこんな風に誰かに影響をされる事があるなんて考えてもいなかった。これは良い変化なのか、悪い変化なのか……。
 どちらにしても私はどんなふうに動くべきなのだろうか。
「リサが珍しく悩んでいるの、可愛いわ!」
「……シュア」
「リサ、貴方は色々深く考えてしまっていると思うけれど……私はリサがやりたいようにやってくれたらそれが嬉しいわ」
 シュアはにこにこしている。困って、どうしようと悩んでいる私を笑ってみている。
 シュアは、私が彼に惹かれている気持ちを知っている。そして私の性格を……理解したうえで私の目の前にいる。私は自分の冷たさが人に好まれるものではないと分かっている。そもそも誰にも知られないように注意を払っていたはずなのに、知られただけでも驚きなのに、私の本質を知った上で傍に居ようとするシュアは本当によく分からない。
 私のしたいように……か。
 今まで——前世も含めてそんな風に自分がしたいことなんて考えた事がなかった。私はいつだって周りが求めるままに動いていたし、自分がやりたいからというよりもそうしたほうがいいと思うからという思いで動いていただけで——私がしたいようにと言われてもぴんとこない。
 私はどうしたいのだろうか。私は彼をどうしたいのだろうか。――私は彼を傷つけるから近づきたくない。
 それが本音なのだけれども……それでも本当に関わらなければならない時に、私を彼をどうしたらいい? どういう風に彼に接する方がいいの? 彼が私に近づこうとしていて、私に話しかけようとしている。私は……どうしたらいいのだろうか。
 私は彼に平常な態度が出来る? いや、出来ないわ。
 でも彼はそもそも、なんのために私に近づこうとしているのか。私は人の気持ちを感じる事が得意な方だと思ってた。なのに……、彼が何を思っているのかさっぱり分からないのだ。こんな風な気持ちは前世も含めて初めてだ。
「……彼は、私に話しかけるだろうか」
 彼が私に近づこうとするのを知らないふりをしている。気づかないふりをしている。でも本当に彼が私に話しかけてきたら私は彼を無視なんて出来ないのだ。ああ、どうしよう。
 そんな風に悩んでいたら、遂に彼が私に話しかけてきた。
「リサ・エブレサック。少しいいか?」
 私に向かって話しかける彼の声。彼は私を見つめてる。……私はそれだけで正気を保てない。


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