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3-7 居合の脅威
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午少し前、土方は近藤から呼ばれた。
伊東は斉藤、藤堂たち十二名を連れて三日前屯所をでた。
御陵衛士という変則的な組織を作る目的である。
近藤の様子から見て、いずれこの問題が真実を揺るがす大事件となるのは必須だった。
土方はどうでもよかった。
山南と言い、伊東、東堂と言い、どうして北辰流一派は組をゆるがす騒動を起こすのか。
いっそのこと北辰流を使う者は、最初から排除すればいい。
まだ伊東に追随する者は、隊内に大勢いる。
放置すれば組の存続にも関わることだ。
その根底に尊王滋養いの根深い思想がある。
新選組は尊王ではあるが、徳川の恩顧に報いる佐幕の立場を取る組織だ。
それを分かっていながら、なぜ隠して組へ入ろうとする。
答えは簡単だ。
食えないためだ。
取り敢えず名を挙げるためだ。
そんなことに組を利用するのは俺が許さん!
最初から旗幟を鮮明にして、その意思のために命をかけるのが武士だ。
近藤の部屋へ行くと、彼は渋い顔をして腕組みしている。
座るなり、近藤は言った。
「たった今、会津から使いが来て、茨木以下十名の隊士が組を出て御陵衛士と合流したいと申し出て来たそうだ」
そんなことだろうと、土方は憮然とそれを聞いた。
「会津は持て余している。どうする」
「組へは離隊届けを出していないんですね」
「うむ、直接会津へ何とかしてくれと、泣きついたのだろう」
「これは処置を誤ると、まだまだ離脱者が出る」
近藤は呻いた。
「何がそんなに組に不満なのか!頭領として、俺より伊東の方が魅力があるということか」
珍しく近藤は肩を落としている。
「そう言う問題ではない!二日前、徳川慶喜による大政奉還が行われ、世情は動転している。伊東を始め、最初から佐幕に一命をかける腰が座っていない奴らばかりだ。要するに動揺しているのだ」
「連れ戻して腹を切らせるか」
「それでは、まだまだ離脱者が出る」
「どうする」
「俺に任せてくれ」
近藤は驚いて土方を見た。
珍しく弱気になっている。
「歳、一人でか」
「新選組の覚悟を見せてやる!」
「場所は会津藩邸だ。無茶をするな」
「会津は持て余して処理を頼んだ。無茶は先方も承知だ」
それだけ言って、土方は部屋を出た。
馬で黒谷の合図藩邸へ向かった。
事態は一刻を争う。
伊東自身が動くことはないが、彼は裏で薩摩と繋がっている。
薩摩が介入して来ない保証はない。
薩摩が手を打つ前に、ことを処理する必要がある。
会津藩邸へ着くと、奥の間へ通された。
奥の十畳間には、茨木たち十名が座っていた。
土方が現れると、慌てて座り直した。
立ったまま、土方は言った。
「君らは、隊に離脱の届けを出してない」
茨木、佐野らの首謀者が不審な顔をして土方を見つめる。
「当然、まだ新選組の組員である!」
言わんとしていることの意味が、茨木たちにはわからないようだった。
「よって、副長である俺の指示に従ってもらう」
絶対に屯所へは戻らん!と言ういじが、全員の表情にある。
「ここで一人づつ、俺と真剣で立ち会ってもらう!」
「ここで!!」
全員が驚愕の表情に変わる。
近藤や総司、永倉、斎藤、原田の剣の技量を、隊の中で知らぬ者はない。
恐れられている。
だが、副長土方の剣の噂は、あまり聞いたことがない。
土方も総司にしか見せていない。
茨木たちは疑心暗鬼で土方を見た。
土方はどれほど使えるのか。
「会津は了解済みだ!切腹は無しだ。俺に負ければ、ここで命を落とす。勝てば伊東たちと合流できる」
全員の顔を見据えて土方は言った。
「どっちを選ぶ!何れにしても屯所へは戻らずに済む」
最後の言葉が、茨木と佐野を動かした。
「真剣にて、お相手いたします」
「よし!」
土方の言葉に、茨木たちは部屋の隅へ移った。
空いた部屋の中央に土方は立った。
「最初はだれだ」
佐野が大刀を手に立ち上がった。
「お願いいたす」
彼は北辰一刀流伊東の門下である。
この場の一番手にふさわしい相手だ。
間合いを取って、佐野は刀を抜いた。
真剣の技量は上の下と土方は見た。
土方は抜かない。
兼定の柄頭に右手掌を置き、微動もしない。
居合である。
土方の居合に全員が驚愕した。
彼が居合を使うなど、聞いたこともないからだ。
全員が俄然興味を持った。
新選組の中に、居合を得意とする者はいない。
天然理心流にも居合の項目はある。
だから、剣を使う者に取って居合は通らねばならぬ術と言うだけで、その真の威力を知る者は皆無だった。
幕末の人斬りで名を馳せた者は、例外なく居合使いである。
河上彦斎、中村半次郎、田中新兵衛、岡田以蔵・・・。
皆居合を得意とし、瞬時に相手の命を奪う剣の名手である。
佐野は戸惑った。
まさか、土方が居合を使うとは。
真剣勝負は何度か経験したが、居合使いは初めてだ。
間合いを詰めて行った。
土方を斬れば伊東の元へ行ける。
その気持ちが佐野を逸らせた。
踏みこみざま、上段から右袈裟に出た。
土方が動いた。
剣が下方から来た。
かわせなかった。
右脇腹を斬り上げられ、すれ違いざまに喉を斬られた。
佐野が感じたのは、その一瞬の閃光だけだった。
残心を取る土方の後方に、両断された佐野の首が転がった。
酸鼻を極める斬り合いだった。
血の海の中に立つ土方は、兼定の血振りをして納刀した。
茨城を始め全員の顔から、血の気が引いた。
「さて、次は誰かな」
平然と土方は全員を見回した。
この場では、もっとも残虐なやり方で裏切り者たちを始末するつもりだった。
局中法度など、なんの役にも立たない。
目の前で悲惨な仲間の死を見せること!
もっとも苛烈なやり方で!
それしか、離脱者を防ぐ方法はない!と土方は思った。
斬るか斬られるか!
尊王攘夷、佐幕攘夷・・・口先の思想以前に、死の恐怖と立ち向かうのが新選組であることを思い出させるのだ。
伊東は斉藤、藤堂たち十二名を連れて三日前屯所をでた。
御陵衛士という変則的な組織を作る目的である。
近藤の様子から見て、いずれこの問題が真実を揺るがす大事件となるのは必須だった。
土方はどうでもよかった。
山南と言い、伊東、東堂と言い、どうして北辰流一派は組をゆるがす騒動を起こすのか。
いっそのこと北辰流を使う者は、最初から排除すればいい。
まだ伊東に追随する者は、隊内に大勢いる。
放置すれば組の存続にも関わることだ。
その根底に尊王滋養いの根深い思想がある。
新選組は尊王ではあるが、徳川の恩顧に報いる佐幕の立場を取る組織だ。
それを分かっていながら、なぜ隠して組へ入ろうとする。
答えは簡単だ。
食えないためだ。
取り敢えず名を挙げるためだ。
そんなことに組を利用するのは俺が許さん!
最初から旗幟を鮮明にして、その意思のために命をかけるのが武士だ。
近藤の部屋へ行くと、彼は渋い顔をして腕組みしている。
座るなり、近藤は言った。
「たった今、会津から使いが来て、茨木以下十名の隊士が組を出て御陵衛士と合流したいと申し出て来たそうだ」
そんなことだろうと、土方は憮然とそれを聞いた。
「会津は持て余している。どうする」
「組へは離隊届けを出していないんですね」
「うむ、直接会津へ何とかしてくれと、泣きついたのだろう」
「これは処置を誤ると、まだまだ離脱者が出る」
近藤は呻いた。
「何がそんなに組に不満なのか!頭領として、俺より伊東の方が魅力があるということか」
珍しく近藤は肩を落としている。
「そう言う問題ではない!二日前、徳川慶喜による大政奉還が行われ、世情は動転している。伊東を始め、最初から佐幕に一命をかける腰が座っていない奴らばかりだ。要するに動揺しているのだ」
「連れ戻して腹を切らせるか」
「それでは、まだまだ離脱者が出る」
「どうする」
「俺に任せてくれ」
近藤は驚いて土方を見た。
珍しく弱気になっている。
「歳、一人でか」
「新選組の覚悟を見せてやる!」
「場所は会津藩邸だ。無茶をするな」
「会津は持て余して処理を頼んだ。無茶は先方も承知だ」
それだけ言って、土方は部屋を出た。
馬で黒谷の合図藩邸へ向かった。
事態は一刻を争う。
伊東自身が動くことはないが、彼は裏で薩摩と繋がっている。
薩摩が介入して来ない保証はない。
薩摩が手を打つ前に、ことを処理する必要がある。
会津藩邸へ着くと、奥の間へ通された。
奥の十畳間には、茨木たち十名が座っていた。
土方が現れると、慌てて座り直した。
立ったまま、土方は言った。
「君らは、隊に離脱の届けを出してない」
茨木、佐野らの首謀者が不審な顔をして土方を見つめる。
「当然、まだ新選組の組員である!」
言わんとしていることの意味が、茨木たちにはわからないようだった。
「よって、副長である俺の指示に従ってもらう」
絶対に屯所へは戻らん!と言ういじが、全員の表情にある。
「ここで一人づつ、俺と真剣で立ち会ってもらう!」
「ここで!!」
全員が驚愕の表情に変わる。
近藤や総司、永倉、斎藤、原田の剣の技量を、隊の中で知らぬ者はない。
恐れられている。
だが、副長土方の剣の噂は、あまり聞いたことがない。
土方も総司にしか見せていない。
茨木たちは疑心暗鬼で土方を見た。
土方はどれほど使えるのか。
「会津は了解済みだ!切腹は無しだ。俺に負ければ、ここで命を落とす。勝てば伊東たちと合流できる」
全員の顔を見据えて土方は言った。
「どっちを選ぶ!何れにしても屯所へは戻らずに済む」
最後の言葉が、茨木と佐野を動かした。
「真剣にて、お相手いたします」
「よし!」
土方の言葉に、茨木たちは部屋の隅へ移った。
空いた部屋の中央に土方は立った。
「最初はだれだ」
佐野が大刀を手に立ち上がった。
「お願いいたす」
彼は北辰一刀流伊東の門下である。
この場の一番手にふさわしい相手だ。
間合いを取って、佐野は刀を抜いた。
真剣の技量は上の下と土方は見た。
土方は抜かない。
兼定の柄頭に右手掌を置き、微動もしない。
居合である。
土方の居合に全員が驚愕した。
彼が居合を使うなど、聞いたこともないからだ。
全員が俄然興味を持った。
新選組の中に、居合を得意とする者はいない。
天然理心流にも居合の項目はある。
だから、剣を使う者に取って居合は通らねばならぬ術と言うだけで、その真の威力を知る者は皆無だった。
幕末の人斬りで名を馳せた者は、例外なく居合使いである。
河上彦斎、中村半次郎、田中新兵衛、岡田以蔵・・・。
皆居合を得意とし、瞬時に相手の命を奪う剣の名手である。
佐野は戸惑った。
まさか、土方が居合を使うとは。
真剣勝負は何度か経験したが、居合使いは初めてだ。
間合いを詰めて行った。
土方を斬れば伊東の元へ行ける。
その気持ちが佐野を逸らせた。
踏みこみざま、上段から右袈裟に出た。
土方が動いた。
剣が下方から来た。
かわせなかった。
右脇腹を斬り上げられ、すれ違いざまに喉を斬られた。
佐野が感じたのは、その一瞬の閃光だけだった。
残心を取る土方の後方に、両断された佐野の首が転がった。
酸鼻を極める斬り合いだった。
血の海の中に立つ土方は、兼定の血振りをして納刀した。
茨城を始め全員の顔から、血の気が引いた。
「さて、次は誰かな」
平然と土方は全員を見回した。
この場では、もっとも残虐なやり方で裏切り者たちを始末するつもりだった。
局中法度など、なんの役にも立たない。
目の前で悲惨な仲間の死を見せること!
もっとも苛烈なやり方で!
それしか、離脱者を防ぐ方法はない!と土方は思った。
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