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3-5伊東甲子太郎の片手上段構え
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土方は物陰から路地の奥を見つめていた。
不逞浪士三人と対していた伊東は、相手にならず路地を歩こうとしていた。
背後から三人が同時に抜いた。
キラリ!と白人が光る。
伊東は民家を背にして三人に向き直った。
路地は狭く、間合いは最初から切れている。
脇差を使った方が良いくらいだ。
伊東がどう出るか土方は興味があった。
彼が遣う北辰一刀流は江戸三大道場の一つ玄武館で教え、一時期門弟六千人を誇る最先端の流派であった。
これから訪ねる竜馬を始め、清河八郎、新選組の藤堂平助、山南敬介、伊東甲子太郎、服部武雄、吉村貫一郎らが免許者である。
伊東は愛刀濃州住志津三郎兼氏を抜いた。
三人が迫る。
戦い慣れた喧嘩剣法である。
伊東はこれをどう捌くか。
三人は巧妙に連携していた。
まるで狼の集団戦だ。
一人が牽制すると、他の二人が斬り込む隙を狙う。
俺なら、どう始末するだろうと土方は思った。
伊東はなんと、いきなり上段に刀を上げた。
それも片手で!
これは江戸の千葉道場では今や伝説と成った、周作の次男で「千葉の小天狗」と言われた栄次郎の得意技である。
もちろん、土方も見たことはない。
内心、伊東の度胸の良さに驚愕した。
この狭い路地で、三人相手に使う技ではない。
こうなったら剣技と言うより度胸の問題だ。
土方は目を凝らした。
相手の三人も、完全に気を飲まれていた。
中央の浪士が相上段で斬り込んだ。
伊東の動きは素早かった。
袈裟斬りに浪士を斬り下ろし、返す刀で右手の浪士の首を斬った。
三人目が突っ込んで来る剣を鎬で弾き返して、胴を抜いた。
一瞬の動きだった。
三人が崩折れる前に、伊東は血振りした兼氏を納刀し歩き出していた。
伊東の片手上段には息を飲んだ。
これを真剣勝負で見た者は多くないはずだ。
栄次郎は早世している。
目撃したのは土方一人かもしれない。
「あなどれん!」
土方は呻いた。
向かって歩いて来る伊東を避け、土方は一本右手の路地を近江屋へ向かった。
同じ流派でも、伊東は山南とは格が違っていた。
あの大技を、三人相手に路地で遣う伊東の技量と度胸は並大抵ではない。
近江屋へ着くと下働きの大男が、竜馬に取り次いでくれた。
竜馬は奥の土蔵から、店表の二階の部屋へ移っていた。
どう言う心境の変化だ。
竜馬は土方と向かうとにこやかに言った。
「沖田さんは来ないのかな」
「あいつは寝ている」
素っ気なく言う土方に、竜馬は驚いた顔をした。
「それはいけん!」
「なに、誰しも経験することだ」
竜馬は眉をひそめた。
「そんなに悪いのか」
部屋を見回して土方は言った。
「ここはまずいな!」
「何がどうまずい!」
いきなり土方は兼定を抜いて、竜馬の首へ付けた。
刀刃は一寸手前で止まっていた。
「この部屋なら、斬り手は確実にこうやる」
平然と言う竜馬。
土方の兼定をくぐり抜け、床の間から愛刀陸奥守吉行を取り上げた。
「それにこれもある」
ニヤリと笑って懐から、S&Wの銃口を覗かせて見せる。
兼定を手にしたまま、土方は言う。
「ダメだ!お主はすでに刀を取ることも、銃を使うこともできない。最初の一撃で喉を斬られ、息の代わりに血を吐いている!」
さすがに唸る竜馬。
「どうしたらいい」
「まず刀の位置だ!床の間の刀架けでなく、左脇に置け!ピストルは懐ではなく膝の上だ!」
「中岡がよく来るが、彼にもそうするのか」
「例外はない!」
兼定を鞘へ納める土方。
「家族でも使用人でも、親友でも尊敬する相手でも、誰でもいつでも暗殺者となり得る。いや、そう言うやつこそ危ない」
「新選組らしいな」
土方、笑う竜馬に言う。
「笑い事ではない!特に今のお主の立場では!」
「そうだ、さっき伊東さんが来ていた」
「伊東甲子太郎か!」
「しばらく話して言った」
つぶやく土方。
「よく無事だったな」
「考えすぎだ!そんな気配はまったくなかった。逆に気をつけろと警告して行った」
土方は感心して竜馬を見た。
この男、よく無事にこれまで生きて来れた。 「こう見えても、危ないやつには警戒している」
俺の忠告が何も分かってないと見える。
危なくないやつほど危険なんだ!
「で、今日は何の要件かな」
「例の銃だ。選んでくれたか」
「土方さん好みの最新式が三種類ある。後装式の連発銃だ。射程も長い」
「値段はいくらだ」
「問題はそこだ!二百丁で最低でも二千両(約二千万円)!薩長も狙っているから二~三千両に跳ね上がる」
ため息をついて腕を組む土方。
不逞浪士三人と対していた伊東は、相手にならず路地を歩こうとしていた。
背後から三人が同時に抜いた。
キラリ!と白人が光る。
伊東は民家を背にして三人に向き直った。
路地は狭く、間合いは最初から切れている。
脇差を使った方が良いくらいだ。
伊東がどう出るか土方は興味があった。
彼が遣う北辰一刀流は江戸三大道場の一つ玄武館で教え、一時期門弟六千人を誇る最先端の流派であった。
これから訪ねる竜馬を始め、清河八郎、新選組の藤堂平助、山南敬介、伊東甲子太郎、服部武雄、吉村貫一郎らが免許者である。
伊東は愛刀濃州住志津三郎兼氏を抜いた。
三人が迫る。
戦い慣れた喧嘩剣法である。
伊東はこれをどう捌くか。
三人は巧妙に連携していた。
まるで狼の集団戦だ。
一人が牽制すると、他の二人が斬り込む隙を狙う。
俺なら、どう始末するだろうと土方は思った。
伊東はなんと、いきなり上段に刀を上げた。
それも片手で!
これは江戸の千葉道場では今や伝説と成った、周作の次男で「千葉の小天狗」と言われた栄次郎の得意技である。
もちろん、土方も見たことはない。
内心、伊東の度胸の良さに驚愕した。
この狭い路地で、三人相手に使う技ではない。
こうなったら剣技と言うより度胸の問題だ。
土方は目を凝らした。
相手の三人も、完全に気を飲まれていた。
中央の浪士が相上段で斬り込んだ。
伊東の動きは素早かった。
袈裟斬りに浪士を斬り下ろし、返す刀で右手の浪士の首を斬った。
三人目が突っ込んで来る剣を鎬で弾き返して、胴を抜いた。
一瞬の動きだった。
三人が崩折れる前に、伊東は血振りした兼氏を納刀し歩き出していた。
伊東の片手上段には息を飲んだ。
これを真剣勝負で見た者は多くないはずだ。
栄次郎は早世している。
目撃したのは土方一人かもしれない。
「あなどれん!」
土方は呻いた。
向かって歩いて来る伊東を避け、土方は一本右手の路地を近江屋へ向かった。
同じ流派でも、伊東は山南とは格が違っていた。
あの大技を、三人相手に路地で遣う伊東の技量と度胸は並大抵ではない。
近江屋へ着くと下働きの大男が、竜馬に取り次いでくれた。
竜馬は奥の土蔵から、店表の二階の部屋へ移っていた。
どう言う心境の変化だ。
竜馬は土方と向かうとにこやかに言った。
「沖田さんは来ないのかな」
「あいつは寝ている」
素っ気なく言う土方に、竜馬は驚いた顔をした。
「それはいけん!」
「なに、誰しも経験することだ」
竜馬は眉をひそめた。
「そんなに悪いのか」
部屋を見回して土方は言った。
「ここはまずいな!」
「何がどうまずい!」
いきなり土方は兼定を抜いて、竜馬の首へ付けた。
刀刃は一寸手前で止まっていた。
「この部屋なら、斬り手は確実にこうやる」
平然と言う竜馬。
土方の兼定をくぐり抜け、床の間から愛刀陸奥守吉行を取り上げた。
「それにこれもある」
ニヤリと笑って懐から、S&Wの銃口を覗かせて見せる。
兼定を手にしたまま、土方は言う。
「ダメだ!お主はすでに刀を取ることも、銃を使うこともできない。最初の一撃で喉を斬られ、息の代わりに血を吐いている!」
さすがに唸る竜馬。
「どうしたらいい」
「まず刀の位置だ!床の間の刀架けでなく、左脇に置け!ピストルは懐ではなく膝の上だ!」
「中岡がよく来るが、彼にもそうするのか」
「例外はない!」
兼定を鞘へ納める土方。
「家族でも使用人でも、親友でも尊敬する相手でも、誰でもいつでも暗殺者となり得る。いや、そう言うやつこそ危ない」
「新選組らしいな」
土方、笑う竜馬に言う。
「笑い事ではない!特に今のお主の立場では!」
「そうだ、さっき伊東さんが来ていた」
「伊東甲子太郎か!」
「しばらく話して言った」
つぶやく土方。
「よく無事だったな」
「考えすぎだ!そんな気配はまったくなかった。逆に気をつけろと警告して行った」
土方は感心して竜馬を見た。
この男、よく無事にこれまで生きて来れた。 「こう見えても、危ないやつには警戒している」
俺の忠告が何も分かってないと見える。
危なくないやつほど危険なんだ!
「で、今日は何の要件かな」
「例の銃だ。選んでくれたか」
「土方さん好みの最新式が三種類ある。後装式の連発銃だ。射程も長い」
「値段はいくらだ」
「問題はそこだ!二百丁で最低でも二千両(約二千万円)!薩長も狙っているから二~三千両に跳ね上がる」
ため息をついて腕を組む土方。
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