最強商人土方歳三

工藤かずや

文字の大きさ
上 下
23 / 28

3-4 道に迷った男

しおりを挟む
毎朝、朝食前に土方は総司の部屋へ立ち寄るのが日課だった。
山南と立ち会ったあの日以来、総司は寝たきりだった。
しかし、何事か考えているらしく、土方が現れると笑顔を見せた。

「俺、ずっと思ってるんです。もし山南さんが俺だったら、どう土方さんと戦っていただろうと」
土方は苦笑した。

「意味のないことだ。考えるな」
総司は土方を見上げた。
「実際に立ち会って見なければ、答は分からないと言うことですか」

「居合は相手に対応する!それだけのことだ」
「幻斎が象山を斬ったと聞いても、居合とは馬上の男を襲う卑劣な手としか思わなかった」

「象山は剣客ではない」
「そうです。京で人斬りと異名を持つ連中は、ほとんどが居合を遣う。そして、剣を持たない丸腰の奴も見境なく斬る」

総司は天井を見上げた。
「だが、俺たちもそれをやった」
その言葉が、思い出さないようにしているある場面が、土方の心に突き刺さった。

「そうです!芹沢さんの暗殺です!」
まずい兆候だった。
総司は自分に忍び寄る死の気配を感じている。

「だが、あれは長州者の手を装う、卑劣なできるだけ手段を使えとの近藤さんの厳命だった」

「剣士、剣客、暗殺者、卑劣な人斬り・・・。これらのどこが違うんでしょうか。どれも同じです!目的は人の息の根を止める!ただ、それだけ!」

土方はため息をついて、部屋を出ようと思った。
総司はあまり寝ていない。
まずい!夜通しこんなことを考えているのか。

「もし、俺が芹沢さんと正面から立ち会ったら、どうなっていたか」
「やめろ、そんなことを考えるのは!総司も分かっているはずだ。幻想と現実とは違う」

「だから、土方さんは異端の居合を覚えたんですよね。あれだったら、勝つ可能性が高くなる」
図星だった!

立会いや居合に精神性は要らない。
ただ、死に行く者と生き残る者の結果があるだけた。
人を斬ることに異端も正統もない。

あるいは総司は山南を自分と置き換え、俺との立会いも想像していたのか。
再び総司は爽やかな笑顔を向けた。

「でも、俺は土方さんとは戦いませんよ」
「なぜだ。近藤さんが戦えと命じたらどうする!」
「だから、芹沢さんとの斬り合いだと言ってるんです!」

土方には意味がわからなかった。
「あの時、俺は近藤さんの命令を拒否できなかった。拒否すべきだったのに!今なら、近藤さんから命じられても、土方さんとの立会いをハッキリ拒否します」

土方は心の中でため息をついた。
総司は成長した。
人間として考えることを覚えた。

俺もあの時は近藤さんの命令を、思考停止しなければ受けられなかった!
剣を取る人間として、愛人と同衾中の同士を屏風を被せ滅多突きにする!

考えるだに忌まわしい行為だ!
たとえ土方、総司、山南、原田らが芹沢に斬られても、中庭で大剣を構える芹沢と勝負すべきだったのではないか。

それが矜持だ!俺の華だ!
俺は逃げるように総司の部屋を出た。
総司はあの一夜に、すでにそう答を出していた。

そうなのだ!心の奥に刺さった棘のように、あの一夜が俺を苦しめてきていた。
朝食を取らずに屯所を出た。

今の時刻なら竜馬に会えると思った。
河原町の近江屋へ近道を行こうと、路地を使った。
京は路地の街である。

無数に入り組んだ細い道が続く。
慣れない者には馴染みにくい街だが、住み着くとこれほど心踊る街はない。

土方は大通りを使わず、路地を歩くことにしていた。
四条通りへ出る直前の路地で、土方は前方に異様な気配を感じた。

羽織袴の立派な身なりの武士を三人の不逞浪士を取り囲んで、何ごとか揉めている様子なのだ。
大方、金でも強請ろうとしているのだろう。

あんな身なりで路地を一人歩く武士は、京では珍しい。
きっと江戸から来た大身の武士が、道にでも迷ったのだろう。
土方にも入京したての頃は同じ経験をした。

歩き出そうとして、土方の足が止まった。
その武士が、隊の参謀伊東甲子太郎だと気づいたのだ。
様子を見ることにした。

伊東も京に来て、路地を一人歩く楽しみを覚えたのか。
それにしても時刻も場所も異様だ。
道に迷ったとしか思えない。

最近、彼に関する不審なことを耳にする。
監察方の山崎ではなく、斎藤からそれが入ってくる。
新選組から半数近くの隊士を引き抜き、分派を画策しているというのだ。

土方は路地に立ち止まって、四人の成り行きを見守った。
斬り合いになる!
伊東は江戸にかつて北辰一刀流の道場を持つ剣客だ。

藤堂平助もその弟子だ。
近藤の三顧の礼でに応えて道場を閉じ、七名の弟子とともに新選組へ入隊していた。

この狭い路地で、三人を相手にどう戦う。
それは土方自身も、何度か経験していることだった。
道に迷った男の手並みを見ようと思った。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上意討ち人十兵衛

工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、 道場四天王の一人に数えられ、 ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。 だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。 白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。 その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。 城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。 そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。 相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。 だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、 上意討ちには見届け人がついていた。 十兵衛は目付に呼び出され、 二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

お江戸を舞台にスイーツが取り持つ、 ~天狐と隼人の恋道場~

赤井ちひろ
歴史・時代
小さな頃に一膳飯やの隼人に拾われた、みなしご天ちゃん。 天ちゃんと隼人の周りでおこる、幕末を舞台にした恋物語。 土方歳三の初恋・沖田総司の最後の恋・ペリー来航で海の先をみた女性の恋と短編集になってます。 ラストが沖田の最後の恋です。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

甘ったれ浅間

秋藤冨美
歴史・時代
幕末の動乱の中、知られざるエピソードがあった 語り継がれることのない新選組隊士の話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/852376446/419160220 上記の作品を書き上げてから、こちらの作品を進めたいと考えております。 暫しお待ち下さいませ。 なるべく史実に沿って書こうと考えております。 今回、初めて歴史小説を書くので拙い部分が多々あると思いますが、間違いがあった場合は指摘を頂ければと思います。 お楽しみいただけると幸いです。 調べ直したところ、原田左之助さんが近藤さんと知り合ったのは一八六二年の暮れだそうです!本編ではもう出会っております。すみません ※男主人公です

夢幻泡影~幕末新選組~

結月 澪
歴史・時代
猫神様は、見た。幕末の動乱を生き、信念を貫いた男達。町の人間は、言うんだ。あいつらは、血も涙もない野蛮人だとーーーー。 俺は、知っている。 あいつらは、そんな言葉すらとも戦いながら生きてる、ただの人間に他ならない。 猫と人間。分かり合えるのは無理だけど、同じ屋根の下に生きるだから、少しぐらい気持ちは、通じるはずでしょ? 俺を神にしたのは、野蛮人と呼ばれた、ただの人間だったーーーー。

隠密同心艶遊記

Peace
歴史・時代
花のお江戸で巻き起こる、美女を狙った怪事件。 隠密同心・和田総二郎が、女の敵を討ち果たす! 女岡っ引に男装の女剣士、甲賀くノ一を引き連れて、舞うは刀と恋模様! 往年の時代劇テイストたっぷりの、血湧き肉躍る痛快エンタメ時代小説を、ぜひお楽しみください!

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

処理中です...