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3-4 道に迷った男
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毎朝、朝食前に土方は総司の部屋へ立ち寄るのが日課だった。
山南と立ち会ったあの日以来、総司は寝たきりだった。
しかし、何事か考えているらしく、土方が現れると笑顔を見せた。
「俺、ずっと思ってるんです。もし山南さんが俺だったら、どう土方さんと戦っていただろうと」
土方は苦笑した。
「意味のないことだ。考えるな」
総司は土方を見上げた。
「実際に立ち会って見なければ、答は分からないと言うことですか」
「居合は相手に対応する!それだけのことだ」
「幻斎が象山を斬ったと聞いても、居合とは馬上の男を襲う卑劣な手としか思わなかった」
「象山は剣客ではない」
「そうです。京で人斬りと異名を持つ連中は、ほとんどが居合を遣う。そして、剣を持たない丸腰の奴も見境なく斬る」
総司は天井を見上げた。
「だが、俺たちもそれをやった」
その言葉が、思い出さないようにしているある場面が、土方の心に突き刺さった。
「そうです!芹沢さんの暗殺です!」
まずい兆候だった。
総司は自分に忍び寄る死の気配を感じている。
「だが、あれは長州者の手を装う、卑劣なできるだけ手段を使えとの近藤さんの厳命だった」
「剣士、剣客、暗殺者、卑劣な人斬り・・・。これらのどこが違うんでしょうか。どれも同じです!目的は人の息の根を止める!ただ、それだけ!」
土方はため息をついて、部屋を出ようと思った。
総司はあまり寝ていない。
まずい!夜通しこんなことを考えているのか。
「もし、俺が芹沢さんと正面から立ち会ったら、どうなっていたか」
「やめろ、そんなことを考えるのは!総司も分かっているはずだ。幻想と現実とは違う」
「だから、土方さんは異端の居合を覚えたんですよね。あれだったら、勝つ可能性が高くなる」
図星だった!
立会いや居合に精神性は要らない。
ただ、死に行く者と生き残る者の結果があるだけた。
人を斬ることに異端も正統もない。
あるいは総司は山南を自分と置き換え、俺との立会いも想像していたのか。
再び総司は爽やかな笑顔を向けた。
「でも、俺は土方さんとは戦いませんよ」
「なぜだ。近藤さんが戦えと命じたらどうする!」
「だから、芹沢さんとの斬り合いだと言ってるんです!」
土方には意味がわからなかった。
「あの時、俺は近藤さんの命令を拒否できなかった。拒否すべきだったのに!今なら、近藤さんから命じられても、土方さんとの立会いをハッキリ拒否します」
土方は心の中でため息をついた。
総司は成長した。
人間として考えることを覚えた。
俺もあの時は近藤さんの命令を、思考停止しなければ受けられなかった!
剣を取る人間として、愛人と同衾中の同士を屏風を被せ滅多突きにする!
考えるだに忌まわしい行為だ!
たとえ土方、総司、山南、原田らが芹沢に斬られても、中庭で大剣を構える芹沢と勝負すべきだったのではないか。
それが矜持だ!俺の華だ!
俺は逃げるように総司の部屋を出た。
総司はあの一夜に、すでにそう答を出していた。
そうなのだ!心の奥に刺さった棘のように、あの一夜が俺を苦しめてきていた。
朝食を取らずに屯所を出た。
今の時刻なら竜馬に会えると思った。
河原町の近江屋へ近道を行こうと、路地を使った。
京は路地の街である。
無数に入り組んだ細い道が続く。
慣れない者には馴染みにくい街だが、住み着くとこれほど心踊る街はない。
土方は大通りを使わず、路地を歩くことにしていた。
四条通りへ出る直前の路地で、土方は前方に異様な気配を感じた。
羽織袴の立派な身なりの武士を三人の不逞浪士を取り囲んで、何ごとか揉めている様子なのだ。
大方、金でも強請ろうとしているのだろう。
あんな身なりで路地を一人歩く武士は、京では珍しい。
きっと江戸から来た大身の武士が、道にでも迷ったのだろう。
土方にも入京したての頃は同じ経験をした。
歩き出そうとして、土方の足が止まった。
その武士が、隊の参謀伊東甲子太郎だと気づいたのだ。
様子を見ることにした。
伊東も京に来て、路地を一人歩く楽しみを覚えたのか。
それにしても時刻も場所も異様だ。
道に迷ったとしか思えない。
最近、彼に関する不審なことを耳にする。
監察方の山崎ではなく、斎藤からそれが入ってくる。
新選組から半数近くの隊士を引き抜き、分派を画策しているというのだ。
土方は路地に立ち止まって、四人の成り行きを見守った。
斬り合いになる!
伊東は江戸にかつて北辰一刀流の道場を持つ剣客だ。
藤堂平助もその弟子だ。
近藤の三顧の礼でに応えて道場を閉じ、七名の弟子とともに新選組へ入隊していた。
この狭い路地で、三人を相手にどう戦う。
それは土方自身も、何度か経験していることだった。
道に迷った男の手並みを見ようと思った。
山南と立ち会ったあの日以来、総司は寝たきりだった。
しかし、何事か考えているらしく、土方が現れると笑顔を見せた。
「俺、ずっと思ってるんです。もし山南さんが俺だったら、どう土方さんと戦っていただろうと」
土方は苦笑した。
「意味のないことだ。考えるな」
総司は土方を見上げた。
「実際に立ち会って見なければ、答は分からないと言うことですか」
「居合は相手に対応する!それだけのことだ」
「幻斎が象山を斬ったと聞いても、居合とは馬上の男を襲う卑劣な手としか思わなかった」
「象山は剣客ではない」
「そうです。京で人斬りと異名を持つ連中は、ほとんどが居合を遣う。そして、剣を持たない丸腰の奴も見境なく斬る」
総司は天井を見上げた。
「だが、俺たちもそれをやった」
その言葉が、思い出さないようにしているある場面が、土方の心に突き刺さった。
「そうです!芹沢さんの暗殺です!」
まずい兆候だった。
総司は自分に忍び寄る死の気配を感じている。
「だが、あれは長州者の手を装う、卑劣なできるだけ手段を使えとの近藤さんの厳命だった」
「剣士、剣客、暗殺者、卑劣な人斬り・・・。これらのどこが違うんでしょうか。どれも同じです!目的は人の息の根を止める!ただ、それだけ!」
土方はため息をついて、部屋を出ようと思った。
総司はあまり寝ていない。
まずい!夜通しこんなことを考えているのか。
「もし、俺が芹沢さんと正面から立ち会ったら、どうなっていたか」
「やめろ、そんなことを考えるのは!総司も分かっているはずだ。幻想と現実とは違う」
「だから、土方さんは異端の居合を覚えたんですよね。あれだったら、勝つ可能性が高くなる」
図星だった!
立会いや居合に精神性は要らない。
ただ、死に行く者と生き残る者の結果があるだけた。
人を斬ることに異端も正統もない。
あるいは総司は山南を自分と置き換え、俺との立会いも想像していたのか。
再び総司は爽やかな笑顔を向けた。
「でも、俺は土方さんとは戦いませんよ」
「なぜだ。近藤さんが戦えと命じたらどうする!」
「だから、芹沢さんとの斬り合いだと言ってるんです!」
土方には意味がわからなかった。
「あの時、俺は近藤さんの命令を拒否できなかった。拒否すべきだったのに!今なら、近藤さんから命じられても、土方さんとの立会いをハッキリ拒否します」
土方は心の中でため息をついた。
総司は成長した。
人間として考えることを覚えた。
俺もあの時は近藤さんの命令を、思考停止しなければ受けられなかった!
剣を取る人間として、愛人と同衾中の同士を屏風を被せ滅多突きにする!
考えるだに忌まわしい行為だ!
たとえ土方、総司、山南、原田らが芹沢に斬られても、中庭で大剣を構える芹沢と勝負すべきだったのではないか。
それが矜持だ!俺の華だ!
俺は逃げるように総司の部屋を出た。
総司はあの一夜に、すでにそう答を出していた。
そうなのだ!心の奥に刺さった棘のように、あの一夜が俺を苦しめてきていた。
朝食を取らずに屯所を出た。
今の時刻なら竜馬に会えると思った。
河原町の近江屋へ近道を行こうと、路地を使った。
京は路地の街である。
無数に入り組んだ細い道が続く。
慣れない者には馴染みにくい街だが、住み着くとこれほど心踊る街はない。
土方は大通りを使わず、路地を歩くことにしていた。
四条通りへ出る直前の路地で、土方は前方に異様な気配を感じた。
羽織袴の立派な身なりの武士を三人の不逞浪士を取り囲んで、何ごとか揉めている様子なのだ。
大方、金でも強請ろうとしているのだろう。
あんな身なりで路地を一人歩く武士は、京では珍しい。
きっと江戸から来た大身の武士が、道にでも迷ったのだろう。
土方にも入京したての頃は同じ経験をした。
歩き出そうとして、土方の足が止まった。
その武士が、隊の参謀伊東甲子太郎だと気づいたのだ。
様子を見ることにした。
伊東も京に来て、路地を一人歩く楽しみを覚えたのか。
それにしても時刻も場所も異様だ。
道に迷ったとしか思えない。
最近、彼に関する不審なことを耳にする。
監察方の山崎ではなく、斎藤からそれが入ってくる。
新選組から半数近くの隊士を引き抜き、分派を画策しているというのだ。
土方は路地に立ち止まって、四人の成り行きを見守った。
斬り合いになる!
伊東は江戸にかつて北辰一刀流の道場を持つ剣客だ。
藤堂平助もその弟子だ。
近藤の三顧の礼でに応えて道場を閉じ、七名の弟子とともに新選組へ入隊していた。
この狭い路地で、三人を相手にどう戦う。
それは土方自身も、何度か経験していることだった。
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