最強商人土方歳三

工藤かずや

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3-3秘剣・小谷浄真流

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道場へ向かいながら総司が言った。
「楽しみだなァ。久しぶりに土方さんと山南さんの立会いが見られる。試衛館以来だ」

土方は無言だった。
山南と立ち会うことに何の感慨もない。
「三年ぶり、いや四年ぶりかな」

竜馬を護らなければならないと言うのに、山南のことに気を取られほとんど彼と会っていない。
依頼した銃のこともあり、本当にこんなことをしてはいられないのだ。

「土方さんはそうは思わないんですか」
「どうでもいい、そんなことは!」
土方はぶっきらぼうに言った。

「冷たいんだなァ、土方さんて!」
道場では、山南が床に正座して土方を待って居た。
脇に二尺八寸八分の愛刀、赤心沖光が置いてある。

赤心とは嘘偽りのない誠の武士の心を意味する。
その赤心を差して脱走か!
追い詰められた山南の心が、土方の胸に迫る。

現れた土方に山南は一礼した。
土方は答礼抜きで言った。
「真剣での立会いを所望とか」

「お願いいたす」
「総司を見届け人と致すが異存ないな」
土方は山南を罪人として扱っている。

「ござらん!」
「勝負は立合いか、居合か」
「どちらでも」

「ではこちらは居合、そちらは立ち合いと致そう」
山南の狙いは土方の居合にある。
ならば、存分に見せてやろう。

「お願い致す」
そうて言って山南は立ち上がり、腰に背は赤心を差した。
逆に三間の間を取って、土方が正座した。

前に兼定が置かれている。
静寂が流れた。
隊士には道場へ入ることは厳禁してある。

「総司」
土方が見届け人の総司に声をかけた」
「勝負は、どちらかが一命を落とすまでの一本勝負!・・・始めてください」

土方が兼定と下げ緒を取って腰に差した。
一刀を抜く山南。
午下がりの道場に赤心の刀刃がきらめく。

山南は正眼に刀を構え、三間の間合いを取って土方に対した。
正座した土方は鯉口を一尺ほど出し、右手の掌を兼定の柄頭に乗せた。

両者、動かない。
兼定は鞘の中だ。
山南の仕掛けを待っている。

ここで山南は、改めて立ち行きの速さが勝負の決め手となることに気づいた。

真剣勝負は基本的に刀刃の速さが物を言う。

だから武士は普段から、自分の刀の三倍から五倍ある木刀で腕を鍛える。
太刀行きを早くするためだ。

山南の狙いは勝負の勝ち負けよりも、異端の居合小谷浄真流の奥伝を見るとにある。
構えを上段に移し、一撃必殺に出た。

この一瞬に、土方は奥伝を使わなければ敗れる。
山南は間合いを切った。
裂帛の気合とともに、土方の頭上に赤心を振り下ろした。

太刀行きの速さには自信がある。
この体勢でかつて敗れたことがない。
土方のかる兼定が鞘走り、目にも止まらぬ速さで両者がすれ違った。

だが、総司は見た。
上段から電光のように斬り下ろす山南の右手を両断し、さらに胴を抜く土方の動きを!

すれ違ったまま、両者は静止した。
斬り下げた赤心の鍔元を、切断された山南の右手がにぎつている。

山南は深々と胴を半ばまで斬られていた。
「見たぞ!」
崩れる前に、山南は確かにそうつぶやいた。

望み通り山南は、一瞬異端の居合の奥伝を見たのだ。
床に崩れた山南の体の周囲に血の海が広がっていく。
土方は素早く兼定の血振りをして納刀した。

山南の遺骸には目もくれず、道場を出ていく。
総司は遺骸の前に座り込んだまま動かな勝った。
自室へ戻った土方は冷静だった。

ただ、総司のことが気がかりだった。
土方の危惧通り、総司はその夜床についたまま二度と起き上がることはなかった。

山南の死とともに、彼自身の病気が予想外に進んでいたのだ。
新選組の菩提寺光縁寺に、山南の遺体は葬られた。
異端の居合小谷浄真流を目撃しながら、総司は唯一生き残った人間となった。





















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