最強商人土方歳三

工藤かずや

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3-1山南逃亡

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監察の山崎が珍しく部屋へ来た。
土方の前へ座るなり言った。
「山南副長が隊を出ました」

来るべきものが来た。
土方の目が光った。
「逃亡か」

「朝早く出たらしく、その姿を見た者はいません」
「馬で追え!島田か武井を連れて行け」
「はい」

「まだ遠くへ行ってないだろう。斬って首を持ち帰れ!」
山崎が言い淀んだ。
「連れ戻って、せめて屯所で切腹はダメですか」

「同じことを言わせるな!打ち首だ!」
「分かりました」
一礼して山崎は部屋を退出した。

山南は副長だ。
今は名目だけで、活動らしい活動はしていないが。
隊を出た理由も分かっていた。

土方が屯所を西本願寺へ移す提案をし、近藤がそれを了承したからだ。
西本願寺は長州藩浪士の巣窟である。

壬生屯所と目と鼻の先にある西本願寺へ、長州は公然と出入りしていた。
監察方がそれをつかんでいた。

桂小五郎の姿を見かけるという。
新選組をなめ切っていると土方は思った。
一年前なら、こんなことはなかった。

やはり、薩長連合の影響が濃厚だった。
幕府の力が弱体化し、薩長の影響が肥大化している。
かつてなら監察によって長州の動きを掴み、池田屋の二の舞にしたのだが京での力関係がすっかり変わっている。

で、公然と西本願寺を屯所を設けるよう申し入れたのだ・
西本願寺も長州も驚愕した。
断れば、隊を挙げてここで長州と一戦する。

さすがに西本願寺での戦闘は、長州も回避した。
隊で長州の肩を持ったのが、最近近藤が自ら江戸へ出張してれて来た伊東甲子太郎一派だった。

伊東は破格の待遇で、隊の参謀という地位を与えられていた。
これは局長近藤の権限だ。
藤堂の紹介で、三顧の礼をもって迎えた御仁だ。

土方が口を出すことはできない。
山崎はに隊士の詳しい動向を探るよう言明してあった。
内偵で上がって来たのが、山南、藤堂、伊東一派の勤王倒幕との彼らの連携である。

実は近藤が江戸へ東下した時も、藤堂と伊東一派による近藤謀殺を土方は内心危惧したのだ。
有り得ることだった。

精緻に洗えば隊士の半数が、勤王倒幕に加担する恐れさえあった。
やはり薩長同盟と孝明帝崩御の影響大だった。

隊士たちは、いや京の町衆でさえ時代の変化を敏感に感じていた。
隊の殉じろとは言わない。
土方が目を光らせるのは、局中法度違反を公然とないがしろにすることだ。

隊が存在する限り、局中法度は生きている。
むしろこうした情勢だからこそ、土方は法度を重んじた。
逃亡途中の副長を打ち首にし、首を持ち帰った土方の処断に隊士たちは震え上がるだろう。

周囲の変化に便乗する卑劣な態度こそ、士道に背くことの最たるもものだ。
義を重んじるのが武士の当然の責務であり、そのために切腹はある。

だが、最初に山南が逃亡したのは土方も意外だった。
それは明らかに、副長自らが隊士に喚起を促したとしか思えなかった。

山崎が去るとほとんど同時に総司が部屋へ来た。
「山南さんの捕縛は俺がやりますから」
それは了解を得るのではなく、宣言とも言える態度だった。

総司の心情は土方にはよく分かった。
山南は試衛館時代からの総司の親友である。
総司の目は、これだけはたとえ土方さんと言えど剣に掛けても譲ることは出来ないと告げていた。

土方も苦笑せざるを得なかった。
「連れ戻して、屯所で切腹させますから!」
総司はまだ正常な思考を持っていると土方は思った。

孝明帝が崩御した夜、土方が雪の中に捨て去ったものだ。
土方は笑顔で総司を見た。
そうだ、俺は異常だ!

お前だけは、以前のお前で居てくれ。
「好きなようにしろ!」
とだけ土方は言った。

いま近藤が法度違反をしたら、土方は切腹を迫るだろう。
だが、総司の一途さに、それは言えなかった。
屯所で切腹させ、介錯してやることが山南へのせめてもの責務だと総司は思っている。

部屋で喀血しているらしい。
顔色も悪い。
もう長くはないのだろう。

むしろ、馬で山南を追い、つれ戻して介錯する激務に耐えられるか土方は心配だった。
総司は命を賭けて、それをやろうとしている。

総司は勤王倒幕ではない。
そこが芹沢、山南、藤堂、伊東と決定的に違うところだ。
止めたら、ここで彼と斬り合わなければならない。

総司のこんな目を土方が見たのは初めてだった。


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