最強商人土方歳三

工藤かずや

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2-9反転攻勢

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土方が近藤の部屋へ向かう途中、廊下で二人の武士とすれ違った。
向こうは土方を知っているらしく会釈した。

会津の武士だとすぐ分かった。
こんな夜更けに、使者二人寄越すとは何事か!
近藤の部屋へ行くと、床の間を背に近藤は沈痛な表情をしている。これまでに見せたことのない顔だ。

瞬間、土方の脳裏をよぎるものがあった。
立ったまま、土方は近藤を見ていた。
「まァ、座れ!」

「崩御ですか!」
近藤が呻いた。
「昨夜半に孝明帝が崩御された!」

「死因は!!」
「それに突き止めるのに時間がかかり、こっちへの知らせが遅れた」

「死因はなんです!!」
問題なのはそれなのだ!
孝明帝はまだ三十五才。

幼少の頃より、風邪ひとつひかぬ剛健なお体だったと聞く。
「御所の医師十五名、加えて専門の医師を外部からも早馬で呼んだらしい」

近藤らしくもない。
言い訳じみた言葉ばかり並べる。
「私は死因を聞いている!」

土方は同じ問いを三度繰り返した。
「・・・天然痘だ!」
近藤の口から思いもかけぬ言葉が発せられた。

土方はその場に座り込んだ。
もし他殺の疑いだったら、この場からすぐにでも兼定を手にそいつの元へ行こうと思っていた。

拍子抜けした。
「疱瘡だと言うんですか!」
土方の言葉が詰問調になった。

近藤は目をつむって腕組みした。
土方は立ち上がって部屋を出た。
自室へ戻って兼定をつかんだ。

「どこへ行くんですか」
まだ総司が部屋にいた。
土方は返事もせずに屯所を出た。

外は細い雨が降っていた。
今日はたしか十二月の四日だ。
脈絡なくそんなことが土方の脳裏をかすめた。

凶暴な衝動が突き上げて来る。
無性に人が斬りたかった!
北へ歩いた。

四条通りから路地へ入り、路地から路地へあてもなく歩いた。
もう自分がどこにいるのかも分からなかった。
哀しみより、言いようのない憤りに捕らえられた。

これをどこへぶつける!
公武合体は見果てぬ夢と化した。
がむしゃらに歩いているうちに、雨がみぞれとなりやがて雪に変わった。

だが、御所の九つの門を護る薩摩兵と、帝に仕える女官に疱瘡感染者がいないなら御所のもっとも奥に座す帝に誰が疱瘡を移したと言うのだ。

疱瘡は大変感染力の強い病気と聞いている。
死亡率も高い。
路地の向こうから二人の武士がやって来る。

並んで来ると土方とはすれ違えない。
わずかな月明かりから、土方は二人が帯びている大刀が薩摩拵えであることを見抜いた。

薩摩の刀はまさに、流派の示現流を具現化したものと言える。
実用一点張りで柄が長く頑丈な造りが特徴だ。
両者の間合いが迫る。

こんな場合、薩摩っぽは絶対に道を譲らぬ。
土方もそれは分かっている。
他藩の武士なら、薩摩に譲ったであろう。

相手が悪かった。
新選組副長土方だった。
間合いに入ると同時に、土方は抜刀して刀を飛ばした。

居合流流派の大半は、初太刀を真横に払い、踏み込んで脳天を割る。だが、土方の使う居合は違った。
相手がどんな構えで来ても、委細構わず必ず低い下段から斬り上げる。

本来捨て剣なのだが、これに相手は惑わされる。
本当の勝負手は、上段から落ちてくる雷のような次の一撃だ。
二人の薩摩武士も土方のこの手に乗った。

慌てて打ち込んで来る豪剣は、土方には届かなかった。
その前に、兼定が相手の右脇腹から首を両断していたからだ。
頭上に上がった剣は唸りを上げて、残る一人の首を背後から落とした。

舞い散る雪の中に二人の血飛沫が散った。
路地のような狭い場所での剣さばきは、居合に分がある。
兼定を血振るいして納刀し、何事もなかったかのように歩き出す。

己の居る場所は定かでないが、今の一撃で自分のすべきことが明確に見えた!
新選組は上洛以来、会津から不逞浪士の取り締まりを命じられて来た。

いま孝明帝が崩御し、幕府が崩れ会津が将棋倒しのように崩壊しようとしている。
薩長の天下が来る。

土方のすべきことは雑魚の浪士の始末ではなく、薩長を牛耳る頭目たちの首を上げることなのだ。
薩摩の西郷隆盛、大久保利通、公家の岩倉具視、長州の桂小五郎、それを傍観する勝海舟、徳川慶喜・・・!

これらを一掃することで、孝明帝の死は無駄ではなくなる。
会津の使いパシリではなく、土方でなければできない反転攻勢に出るのだ。

土方の華と矜持がそこにある。
路地を抜けると突然前が開けた。
大通りの向こうに御所が見えた。

土方は立ち止まり、降りしきる雪の中で御所に向かって両手を合わせて瞑目した。
胸中で孝明帝の霊に反転を誓った。

あくまで立場は新選組の土方だが、これから行く道は己が決める。
場合によっては近藤さんにも総司にも従ってもらうことになる。
雪が本降りになって来た。

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