最強商人土方歳三

工藤かずや

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2-6 佐々木只三郎

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土方と総司は浄福寺通りを走りながら、竜馬と五人の刺客の姿を追った。
路地を通り過ぎて、土方の足が止まった。

引き返して路地の奥を見る。
数人の武士たちが、急ぎ足でいく後ろ姿が見える。
その前に竜馬がいるはずだ。

土方、総司に言う。
「このまま行くと、聚楽第跡に出る。やつらはそこで竜馬を襲うつもりだ」

「こんな路地、よく土方さんは知ってますね!」
「俺は京の街を歩くのが趣味でな!お前は一本裏の仁和寺街道を走れ!俺はやつらを追って行く」

総司が千本中立ち売り路地へ走る。
その背中へ叫ぶ土方。
「竜馬に追いついたら、絶対側を離れるな!あの五人は俺が引き受ける!」

土方の戦いはよく言うと計算づくなのだろうが、悪く言うと聞く者には理解できない無謀さがある。
総司はそう思いながら必死で走った。

医者からは走ることは禁じられている。
労咳(肺結核)が進行しているのだ。
それがなんだ!と総司は思った。

人間死ぬときは死ぬ!労咳だろうが刀だろうが同じだ!
今は自分の死ではなく、竜馬の死を心配すべき時だ。
土方さんと行動を共に出来るのが嬉しかった。

息を切らしながら、走りに走った。
呼吸ができなくなった。
また、熱いものが喉からこみ上げて来そうになった。

それでも走った。
土方は武士たちとの間合いを詰めて行った。
総司の体が心配だったが、これが終わったら何日でも寝ていればいい。

武士たちの数が五人と分かる距離まで迫った。
総司が竜馬の側にいてくれたら、あいつらは俺が始末する。
殺すつもりはない。

いや、京都見回り組五人を相手に勝つことは無理だろう。
やつらは江戸の旗本の次男三男で構成された斬り込み隊だ。
並みの武士たちではない。

山岡鉄舟や本心一刀流免許者の勝でさえ、一目置く手練れ揃いなのだ。
だが、喧嘩のやり方は俺の方が知っている、と言う自信が土方にはあった。

剣術稽古一本で来た武士たちは、そこが逆に弱点なのだ。
真剣勝負も街中の喧嘩も神経戦が決め手となる。
だから手練れの武士ほど、隙を見たら即座に抜く。

言い合いや言葉の喧嘩に持ち込まない。
土方と五人の距離が迫って来た。
竜馬のそばに総司がいるか確認しようと思ったが、五人が邪魔で分からない。

五人と竜馬の距離が十間近くになって、突然横の路地から総司が現れた。
驚く竜馬に何事か言いながら並んで歩く。

総司の言葉に竜馬が仕切りと後を振り向く。
なんだ、やつは自分が追われていることに気づかなかったのか。今の立場を考えると、信じられない無神経さだ。

竜馬と言う男、捉えられない神経を持っているようだ。
その生き様が、人斬りが横行する京では命取りとになる。
武士たちは、突然現れた総司が何者か判別しようとしていた。

土方は足を早め、五人の背後についた。
五人は迫った竜馬たちに気を取られている。
よし、これでいい!

土方の作戦は、ギリギリのところで間に合ったようだ。
ほとんど並んで歩く五人の間をすり抜け、土方は前に出た。
そして、間合いを取って振り向いた。

五人は意表を付かれて、土方を凝視した。
土方は五人の前に立ち止まった。
自然、見廻組も足を止める。

竜馬と総司は同じ歩調で遠ざかる。
「どけ!邪魔立てすると斬る!」
真ん中の武士が言った。

左手が大刀の鯉口にかかっている。
口だけではない。
土方の意外な行動に、いらついているのだ。

「新選組の土方歳三だ。京都見廻組のお歴々とお見受けした」
男の表情が変わった。
「見廻組組頭佐々木只三郎!」

これが佐々木か!と土方は思った。
彼は江戸伝通院から京へ上った浪士隊にも、世話役として同行していたはずだが、土方には記憶がなかった。

竜馬と総司の姿が遠ざかる。
「うぬ!」
呻いて左端の男が、真横から抜き打ちで来た。

体を開いて土方は紙一重で外し、兼定で抜きあわせた。
後の三人が一斉に抜刀した。
佐々木だけはそれを止めるでもなく、間合いを取ったまま土方を見ている。

新選組と聞いて、どれほどのものか腕を値踏みしているのか。
土方は周囲を武士たちに囲まれる形となった。
だが、狙いは佐々木だけだ。

組頭の彼を仕留めれば、土方の勝利となる。
佐々木が笑った。
「なるほど、新選組の戦いを見せてもらった!前を行くやつが坂本と知って邪魔立てするのだな」

「新選組は坂本を護る!やつを相手にする時は、新選組を相手にすると思って頂きたい」
「よっくわかった!今後、京都見廻組を相手とする時は、佐々木を相手にすることになる!」

彼の無言の合図で四人は一斉に納刀した。
遠ざかる竜馬と総司を見て、佐々木は言った。
「我々を敵に回すと、高くつくぞ!」

踵を返して引き返す佐々木に、四人は土方をにらみながら続いた。
立ち尽くして土方は佐々木を見送った。

背中を初めて冷や汗が伝った。
刀を抜かなくとも、彼が並みの腕ではないことだけはよく分かった。

何十人となく土方が戦って来た中で、おそらく最強の相手だ。佐々木にもそれが分かった。
彼は抜かずに土方の腕を値踏みしたのだ。

味方であるべき京都見廻組を敵に回した現実に、土方はいつまでも奥歯を噛んで立ち尽くした。
竜馬の敵すべてを、新選組は敵としてしまった!

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