最強商人土方歳三

工藤かずや

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2-4飛龍剣と竜尾剣

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近藤は正眼に剣をつけたまま永倉に言った。
「もし、俺が負けたら新選組は解散する。お前が負けたら、このまま新選組は続ける」

永倉の目を見て近藤はさらに続けた。
「何か言っておくことはあるか」
「組を続けることは結構だが、以後局長の慢心と傲慢はげんに謹んでもらいたい!」

永倉はきっパリと言い切った。
自分が亡き後も、近藤の慢心は許さんと言うことだ。
永倉はよほどこれが腹に据えかねて居るのだろう。

苦笑を浮かべて近藤は答えた。
「よかろう。不本意だが、
お前がそう言うならその言葉受けよう」

総司は叫びそうになった。
なら、もう斬り合う必要はないではないか!
刀を引けよ!!

だが、両者は対決の姿勢を崩す気配はない、。
あくまで雌雄を決するつもりなのだ。
近藤がわずかに前へ出た。

永倉の遣う神道無念流には、龍飛剣という秘剣がある。
近藤もそれは知っていたが、もちろん見たわけではない。
各流派の秘剣と称されるものは全てそうなのだ。

普段の道場での竹刀稽古などには、絶対に使わせない。
もし使うとしても型を崩した、まったく異なるものである。
他流の目を異常なまでに意識した結果だ。

天然理心流も例外ではない。
免許皆伝者だけが知る秘剣が、いくつかあった。
普段それを遣うことは厳に戒められ、使ったことがわかると免許皆伝者と言えども破門された。

極端な場合は使った本人は暗殺され、秘剣を目撃した者さえも闇に葬られた例もある。
それくらい流派に取って極意の秘剣は重要だつた。

その秘剣の真価は、戦国時代の合戦か幕末の京のような特殊な状況下にしか現れない。
田舎剣法と言われた天然理心流は、見廻組や池田屋でその真価を遺憾無く発揮して剣名を天下に轟かせた。

神道無念流は江戸三大道場の一つで門弟千名を数える練兵館で有名だが、果たして永倉はどう戦うか。
池田屋での活躍で近藤の剣名は上がったが、永倉の名はあまり聞かない。

土方たちは永倉の剣さばきに注目した。
神道無念流の秘剣を使わなければ、近藤相手にこの場は絶対に凌げない!

近藤の得意技は、これも天然理心流の奥殿の竜尾劍である。
この大技をこの場で近藤が見せるのか。
それも総司は注目した、

同派の免許皆伝者は、この場に近藤と総司しかいない。
土方は目録と免許の中間の中極位目録のはずで、免許皆伝者ではない。

しかし、その実戦の劍さばきを総司は何度か目撃しているが、驚くべきものだった。
なまじの免許者など足元へも及ばない特異な真剣の剣技を見せた。

総司も天然理心流の型通りの剣法から離れ実戦剣技を会得するよう気をつけてきた。
でなければ、暗殺者や不逞浪士相手の京で生き抜けないのだ

とにかく彼らの剣は良く言えば変幻自在なんでもありであり、悪く言えば卑怯卑劣信じられない汚い手を平気で使って来る。

土方にもその傾向はある。勝つための実戦剣法なのだ。
だから総司は、土方とだけは剣を交えたくないと思っていた。
池田屋の長州浪士たちの中に、名うての人斬りはいなかった。

岡田以蔵や河上彦斎、中村半次郎らはいなかった。
もし、彼らがいたら戦いの様相は一変していたと考えられる。
近藤が正眼のまま半歩前へ出た。

間合いを切ったのだ。
両者の剣尖が触れた。
「うお!」

腹に響く気合とともに、近藤が上段から斬り込んだ。
永倉ぱ退がらず、剛刀の虎徹を鎬(しのぎ)で受けた。
彼は鎬使いの名手である。

ギン!と耳障りな音が響いた。
鎬で相手の刀を押さえ、そのまま物打ちを擦り上げて相手を首筋を狙う。

一瞬で勝負が着く。
永倉の得意とする技だ。
だが、一瞬近藤の動きが早かった。

剣を真横に払いながら、永倉の物打ちを交わしたのだ。
永倉の胸元が真横に斬り裂かれた。
着物が斬り裂かれて、素肌にまで達しているのがわかる。

再び近藤が正眼の構えに戻った。
永倉は今度は下段につけた。
龍飛剣の構えである。

両者は動かない。
今度こそ決着が付く!
永倉の胸元の傷から溢れた血が着物を濡らす。

二人の死闘はこれからだった。
総司が飛び出そうとした時、永倉ら六人の最後尾にいた年少の葛山武八郎がたまりかねたように二人の間に飛び出して正座したのた。

みんなは何事かと思った。
特に刀を構えていた近藤と永倉は驚いた。
葛山は永倉ら六名の中の最年少で、まだ十七才である。

素早く着物を双肌脱ぎとなるや、脇差を抜き止める間も無く左腹へ突き立てた。
苦悶に呻きながら右へと引き廻す。

その時である。
廊下の襖が開き、異様な物音の気配に気づき駆けつけた公用方の広沢が姿を見せたのだ。

近藤と永倉が刀を鞘に納めた。
すでに葛山は脇差を右腹まで引き切っていた。
「御免!」

土方は立ち上がるや、兼定を手に葛山の背後へ回り一刀を抜いて苦悶するその首を落とした。
広沢は無言で正座して襖を閉めた。

近藤たち全員もそこに座した。
懐から建白書を出して前に置いた。
首の離れた葛山の遺体を見て広沢は言った。

「この若者が建白書の責任を取ったと見るが、それでよろしいかな」
近藤が答える。

「この者、葛山武三郎と申す新参者!切腹の真意は分かりませぬが、今はその意思に応えてやりたいと思いまする」
広沢がうなづいた。

「それが良い。この度のこと、なかったこととしてお上には申し上げぬ」
土方は唇を噛んだ。

年少の葛山が腹を切らねば、近藤たち幹部はことの実態に気づかなかったのか。
広沢は建白書を置いて座敷を後にした。

葛山の脇差の血を建白書でぬぐい、折りたたんで土方は懐に入れた。
大八車に葛山の遺体を乗せ、土方たちは帰隊した。

永倉のみは残り、会津藩のお抱え医師北詰対順の治療を受け斬り裂かれた胸を縫合した。
葛山の遺体は新選組の菩提寺である光縁寺に丁重にな埋葬され、墓跡が建てられた。

以後、さすがに近藤の暴走は目に見えて収まり、永倉も傷が癒え二番隊組頭として復帰した。
だが、両者の遺恨は、葛山一人の死で解消されるほど単純なものではなかった。

新選組存在の根本問題が、図らずも露呈したのだ。
それを深く受け止めたのは、土方だけだった。



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