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1-8 志士古高俊太郎
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芹沢事件にかかりきりになっていた土方は
あれから五日目に、新見の件を山崎から報告を受けた。
謎の紙片の「すや」とは四条小橋の道具商枡屋(ますや)
のことを指す。
主人の右衛門とは実名を古高俊太郎という筋金入りの勤王攘夷論者だった。
それを聞き込んだ武田観柳斎が以後を引き受け、隊士四名と昼夜を分かたず枡屋を張り込んでいるという。
「よくやった」とねぎらいの言葉を山崎にかけた。
だが、それ以降、全く観柳斎からの報告がない。
廊下ですれ違った近藤が、
「観柳斎が枡屋へ踏み込んだ。これは京の長州藩を根底から揺るがす大事件になるぞ」
と満足そうに笑った。
観柳斎は直接近藤に報告していたのだ。
禁門の変で、長州藩は事実京から追放されていた。
だが、京の藩邸だけは存続し、土佐や鳥取藩浪士たち志士のたまり場と化していた。
土方はため息をついて観柳斎の部屋へ向かった。
観柳斎らしい。近藤のコセ機嫌取りをしているのだ。
部屋へ行くと、感は京の大地図を広げて何事か調べていた。
「枡屋事件はその後どうなったのか」
いきなり声をかけると、観柳斎は慌てて正座した。
「ただいま長州の支藩を調べておりまして・・・」
「枡屋の店内を捜索したらしいが、結果の報告がない」
勢い込んで観柳斎は言う。
「武鉄砲、弾薬、槍、刀、甲冑など数十点の武器が確認、副長にご報告した上で古高を屯所へ連行しようと」
「待て。その前に、どんな連中が枡屋へ出入りしているのか、知っていた顔はあるのか、人数は何名か、素性は。それらを先に調べねばなるまい。背後関係を固めねば、古高を捕らえてもいくらでも言い逃れされてしまう」
「はい」
「これから枡屋を検分する。同道してくれ」
「わかりました」
土方は観柳斎と四名の隊士を伴って、河原町小橋の枡屋へ向かった。
枡屋は河原町から鴨川方向へ路地を入った小さな店である。
留守らしく店の戸は閉まっていたが、隊士の一人が鉄棒を鍵へ差し入れてこじ開けた。
観柳斎の開けた戸から土方は店内へ踏み込んだ。
中には道具屋らしく行燈や踏み台、床几などが足の踏み場もないほど置かれている。
土方はそれらを一瞥して奥へ向かった。
棟続きに土蔵があった。
土蔵の重い戸は開いた。
観柳斎は先に立って土方を案内した。
「鉄砲、弾、火薬、槍、刀と、ここにあるのは明らかに売り物ではありません」
土方はそれらを見て、明らかにものの役には立たぬ武器であることを見抜いた。
長州の武器と聞いて、彼は当然列強と交戦した際相手から奪った最新兵器と想定していた。
京の街で薩摩、会津相手に戦うは刀槍ではない。
種子島を使うなどあり得ない。
ところが土蔵の隅に五、六丁立てかけてあったのは、種子島だったのだ。
あとは見る必要がなかった。
土方が土蔵を出ようとした時、観柳斎は驚くべきことを口走った。
「見張っていた隊士によりますと、ここへは桂小五郎や宮部鼎蔵、吉田稔麿らも立ち寄るようです」
土方の目が鋭く光った。
「その隊士は、どうして桂や宮部、吉田と分かったのだ」
「土蔵の中でも外でも、名前を呼んでいたそうですから」
でかした!それが最大の収穫だ!
「よし、戻り次第、古高を屯所へ連行しろ」
桂小五郎、宮部鼎蔵、吉田稔麿は長州の超大物志士である。
中国の雄、長州百万石を代表する存在として京に潜伏している。
土蔵の武器と称するものは全てガラクタだ。
武器ではない。あれで戦争できようはずがない。
土方の狙いは古高の背後にいる超大物たちだ。
古高俊太郎自身も大津代官手代を父に公家の娘を母にし、志
士梅田雲浜の薫陶を得た筋鐘入りの志士だ。
土方は屯所へ戻った。
明日、壬生寺で盛大に芹沢たちの葬儀が取り行われる。
芹沢はあくまで志士の兇漢によって命を絶たれたのであり、新選組の組葬として執り行われることになっていた。
喪主はむろん近藤。
彼は張り切って葬儀の差配をしていたが、土方はまるで無関心だった。
自らが手にかけた者を弔う。
これほどの偽善があるだろうか。
他の者たちはとにかく、土方にはできなかった。
総司が部屋に姿を現した。
柱に寄りかかって言う。
「土方さん、やはり明日の葬儀は出ないんですか」
「古高を取り調べる」
「俺は出ますよ。局長が殺されたんですから、副長が列席しなければおかしいですよ」
土方は総司をにらんだ。
「近藤さんは出ろと言ってるのか」
「新選組にいる限り、それくらいの芝居ができなければやってけない」
土方は鼻で笑った。
「新選組はそんな組織に成り下がったのか」
「いろいろありますからね。成り上がったか成り下がったか知らないけど、組織は守らなきゃならない」
お前は単純でいいな」
総司は戻りかけて言った。
「観柳斎が古高を連行してきましたよ」
「そうか」
土方は立ち上がった。
なぜ観柳斎はすぐに俺に報告しない。
あのバカが、また近藤さんに先に伝えているのか。
土方は部屋を出て西の蔵へ向かった。
背後で総司が言った。
「近藤さんの部屋にいるようですよ」
一瞬、土方は驚いた。
観柳斎が罪人である古高を近藤の部屋へ入れたと言うのか。
近藤の部屋へ向かいながら土方は思った。
いや、これは存外近藤さんの命令かもしれない。
彼ならやりかねないし、観柳斎がこれまでの経過をどう近藤に報告しているか知れたものではない。
少なくとも土方からこの件に関しては、一言も近藤に告げてはいない。
観柳斎は土蔵にあった種子島などのガラクタを武器だと土方に報告した。
あんな物で京で戦などできはしない!
それに京へ潜伏する長州の人数が少なすぎる。
観柳斎の見方からすれば、長州志士は少なくとも数千はいなければならない。
重要なのは枡屋に出入りした桂や宮部、吉田たちの存在だ。
長州の動きは彼らの動向にかかっている。
彼らを一網打尽にできたら、一時的にせよ長州を抑えられる。
近藤さんなら皆殺しにすると言うだろう。
それは絶対にだめだ!最悪だ!
絶対に近藤にそれをさせてはならない。
それでは幕府との戦いでなく、新選組と長州の戦争になる。
相手は八十六万石の大藩!
こっちは五十二名の新選組。
相手にとって不足なし!
新選組の華と矜持を見せる時だ。
近藤の部屋へ近づくと、中から笑い声が聞こえてきた。
近藤が古高と談笑しているのか!
土方は無言で部屋の襖を開けた。
あれから五日目に、新見の件を山崎から報告を受けた。
謎の紙片の「すや」とは四条小橋の道具商枡屋(ますや)
のことを指す。
主人の右衛門とは実名を古高俊太郎という筋金入りの勤王攘夷論者だった。
それを聞き込んだ武田観柳斎が以後を引き受け、隊士四名と昼夜を分かたず枡屋を張り込んでいるという。
「よくやった」とねぎらいの言葉を山崎にかけた。
だが、それ以降、全く観柳斎からの報告がない。
廊下ですれ違った近藤が、
「観柳斎が枡屋へ踏み込んだ。これは京の長州藩を根底から揺るがす大事件になるぞ」
と満足そうに笑った。
観柳斎は直接近藤に報告していたのだ。
禁門の変で、長州藩は事実京から追放されていた。
だが、京の藩邸だけは存続し、土佐や鳥取藩浪士たち志士のたまり場と化していた。
土方はため息をついて観柳斎の部屋へ向かった。
観柳斎らしい。近藤のコセ機嫌取りをしているのだ。
部屋へ行くと、感は京の大地図を広げて何事か調べていた。
「枡屋事件はその後どうなったのか」
いきなり声をかけると、観柳斎は慌てて正座した。
「ただいま長州の支藩を調べておりまして・・・」
「枡屋の店内を捜索したらしいが、結果の報告がない」
勢い込んで観柳斎は言う。
「武鉄砲、弾薬、槍、刀、甲冑など数十点の武器が確認、副長にご報告した上で古高を屯所へ連行しようと」
「待て。その前に、どんな連中が枡屋へ出入りしているのか、知っていた顔はあるのか、人数は何名か、素性は。それらを先に調べねばなるまい。背後関係を固めねば、古高を捕らえてもいくらでも言い逃れされてしまう」
「はい」
「これから枡屋を検分する。同道してくれ」
「わかりました」
土方は観柳斎と四名の隊士を伴って、河原町小橋の枡屋へ向かった。
枡屋は河原町から鴨川方向へ路地を入った小さな店である。
留守らしく店の戸は閉まっていたが、隊士の一人が鉄棒を鍵へ差し入れてこじ開けた。
観柳斎の開けた戸から土方は店内へ踏み込んだ。
中には道具屋らしく行燈や踏み台、床几などが足の踏み場もないほど置かれている。
土方はそれらを一瞥して奥へ向かった。
棟続きに土蔵があった。
土蔵の重い戸は開いた。
観柳斎は先に立って土方を案内した。
「鉄砲、弾、火薬、槍、刀と、ここにあるのは明らかに売り物ではありません」
土方はそれらを見て、明らかにものの役には立たぬ武器であることを見抜いた。
長州の武器と聞いて、彼は当然列強と交戦した際相手から奪った最新兵器と想定していた。
京の街で薩摩、会津相手に戦うは刀槍ではない。
種子島を使うなどあり得ない。
ところが土蔵の隅に五、六丁立てかけてあったのは、種子島だったのだ。
あとは見る必要がなかった。
土方が土蔵を出ようとした時、観柳斎は驚くべきことを口走った。
「見張っていた隊士によりますと、ここへは桂小五郎や宮部鼎蔵、吉田稔麿らも立ち寄るようです」
土方の目が鋭く光った。
「その隊士は、どうして桂や宮部、吉田と分かったのだ」
「土蔵の中でも外でも、名前を呼んでいたそうですから」
でかした!それが最大の収穫だ!
「よし、戻り次第、古高を屯所へ連行しろ」
桂小五郎、宮部鼎蔵、吉田稔麿は長州の超大物志士である。
中国の雄、長州百万石を代表する存在として京に潜伏している。
土蔵の武器と称するものは全てガラクタだ。
武器ではない。あれで戦争できようはずがない。
土方の狙いは古高の背後にいる超大物たちだ。
古高俊太郎自身も大津代官手代を父に公家の娘を母にし、志
士梅田雲浜の薫陶を得た筋鐘入りの志士だ。
土方は屯所へ戻った。
明日、壬生寺で盛大に芹沢たちの葬儀が取り行われる。
芹沢はあくまで志士の兇漢によって命を絶たれたのであり、新選組の組葬として執り行われることになっていた。
喪主はむろん近藤。
彼は張り切って葬儀の差配をしていたが、土方はまるで無関心だった。
自らが手にかけた者を弔う。
これほどの偽善があるだろうか。
他の者たちはとにかく、土方にはできなかった。
総司が部屋に姿を現した。
柱に寄りかかって言う。
「土方さん、やはり明日の葬儀は出ないんですか」
「古高を取り調べる」
「俺は出ますよ。局長が殺されたんですから、副長が列席しなければおかしいですよ」
土方は総司をにらんだ。
「近藤さんは出ろと言ってるのか」
「新選組にいる限り、それくらいの芝居ができなければやってけない」
土方は鼻で笑った。
「新選組はそんな組織に成り下がったのか」
「いろいろありますからね。成り上がったか成り下がったか知らないけど、組織は守らなきゃならない」
お前は単純でいいな」
総司は戻りかけて言った。
「観柳斎が古高を連行してきましたよ」
「そうか」
土方は立ち上がった。
なぜ観柳斎はすぐに俺に報告しない。
あのバカが、また近藤さんに先に伝えているのか。
土方は部屋を出て西の蔵へ向かった。
背後で総司が言った。
「近藤さんの部屋にいるようですよ」
一瞬、土方は驚いた。
観柳斎が罪人である古高を近藤の部屋へ入れたと言うのか。
近藤の部屋へ向かいながら土方は思った。
いや、これは存外近藤さんの命令かもしれない。
彼ならやりかねないし、観柳斎がこれまでの経過をどう近藤に報告しているか知れたものではない。
少なくとも土方からこの件に関しては、一言も近藤に告げてはいない。
観柳斎は土蔵にあった種子島などのガラクタを武器だと土方に報告した。
あんな物で京で戦などできはしない!
それに京へ潜伏する長州の人数が少なすぎる。
観柳斎の見方からすれば、長州志士は少なくとも数千はいなければならない。
重要なのは枡屋に出入りした桂や宮部、吉田たちの存在だ。
長州の動きは彼らの動向にかかっている。
彼らを一網打尽にできたら、一時的にせよ長州を抑えられる。
近藤さんなら皆殺しにすると言うだろう。
それは絶対にだめだ!最悪だ!
絶対に近藤にそれをさせてはならない。
それでは幕府との戦いでなく、新選組と長州の戦争になる。
相手は八十六万石の大藩!
こっちは五十二名の新選組。
相手にとって不足なし!
新選組の華と矜持を見せる時だ。
近藤の部屋へ近づくと、中から笑い声が聞こえてきた。
近藤が古高と談笑しているのか!
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