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1-7それぞれの修羅
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その朝、芹沢は平山、野口、平間などの一派と新入り隊士八名を伴って屯所を出た。
土方にもすぐにその報告は来たが、彼が何をしようとしいるのかまるで見当がつかなかった。
だが、万一の集団脱走に備え、監察方の山崎、尾形、吉村らに厳重な監視を命じた。
壬生浪士隊結成以来、芹沢は鬱々とやりきれぬ日々を過ごして来た。
自分は栄光ある元水戸浪士隊の大幹部であり、近藤や土方のような多摩の郷仕上がりの馬の骨とは違う。
自分の使命は朝廷の先駆けとなって佐幕を倒すことである。
それが皮肉にも骨の髄から佐幕派の近藤一派と、不逞浪士取締という会津の犬に成り下がった。
浪士隊の清川が攘夷の先駆けとして、江戸へ引き返すと宣言した時なぜ合流して尖兵とならなかったのか。
わざわざ京まで浪士隊と御所を拝観し、何もせず徒手空拳で江戸へ舞い戻るのがたまらなかったのだ。
京で朝廷のために何かしたい!
それだけが芹沢を突き動かして来た。
遅きに失したが九月十八日ついに意を決して、有栖川織仁に直訴すべく行動を起こしたのだ。
このれは即座に会津探索方情報網にも引っかかった。
近藤と土方は芹沢の意外な行動に臨戦態勢を取った。
有栖川邸は御所内猿が辻にあり、宮は孝明帝の妹で江戸へ将軍家茂へ嫁いだ皇女和宮の許婚としても知られている。
有栖川宮は突如現れた新選組の芹沢にむろん会うことはしなかった。
が、側近を通じて「勤王の志大儀である。だが、今はその時にあらず。時が来たなら必ずや先駆けとなって尽くすよう」と言う言葉を頂いた。
新選組は宮を頂く長州の仇敵である。
芹沢のそんな行動を間に受けるほど、宮は世間知らずではない。体良く芹沢を追い返したのだ。
だが、その言葉に芹沢は欣喜雀了して屯所への帰途に着いた。
芹沢にとっては、まさに生涯京最良の栄光の日であった。
屯所の土方たちは、角屋最大の大広間「扇の間」に祝宴の用意を終え芹沢たちの帰りを待っていた。
芹沢の動向は、刻一刻と監察方と会津から入って来る。
新選組全隊士が集まって「新選組」の初宴が始まったのは、暮れ六つ(午後六時過ぎ)である。
主客の芹沢は上席で殊の外上機嫌で、近藤、日日、山南ら大幹部の盃を受けた。
新見錦が勤王の疑いで昨夜死に至ったことなど、思いもしていない。もし、知っていたなら芹沢の心は怒りと悲しみで荒れ狂い、阿鼻叫喚の宴となったであろう。
土方らの勧めでいつになく盃を重ね、酒に強い芹沢が酩酊状態となっていた。
芹沢のは胸中は。今朝の有栖川宮の言葉でいっぱいだった。
嬉しかった!とにかく帝の孝明帝より倒幕の志強く、朝廷の実力者言われる宮から労いの言葉が嬉しかった。
酔眼で近藤、土方ら大幹部を見下ろしながら、今に俺がこやつら会津の犬どもを一掃してくれるわ!と思っていた。
宴が終えたのは、夜四ツすぎ(午後十時過ぎ)であった。
芹沢は泥酔し、平山と平間に両側を抱えられ、やっと屯所へ戻るあり様だった。
屯所の八木邸には芹沢の愛妾のお梅、平山の相方桔梗屋の小栄、平間の馴染み女輪違屋の糸里が待っており、さらに酒宴が開かれた。
そこへどういうわけか、芹沢たちとは飲んだことのない土方、総司までもが加わって芹沢に盃を進めた。
芹沢は少しも疑うこともなく酒杯を重ねた。
朝の有栖川邸でのことで、芹沢の心は高揚していたのだ。
有栖川邸が俺を心に止められ、危急存亡の折には頼りにすると言われた。
もう俺は会津の犬ではない。
嬉しかった。とにかくその宮のお言葉が嬉しかったのだ。
暁九ツ(十一時すぎ)になると、さすがに芹沢たちにも疲れが周り御開きとなった。
八木邸客間の八畳間に芹沢とお梅、屏風を引き回した横に平山と小栄、台所近くの六畳間に平間と糸里が同衾した。
芹沢は高いびきですぐに寝付いた。
異変はそれから半刻後に起きた。
黒ずくめの男たち四人が中庭から客間へ侵入し、抜刀して立ててあった屏風を芹沢に倒したのだ。
四人は屏風の上から芹沢をめった突きにした。
暗かったため刀は芹沢の急所を突くに至らず、芹沢はその痛みで我に返った。
腹、首、胸を刺されていたが、屏風をはねのけた飛び起きた。
大刀はない。
手探りで枕元に置いた脇差を抜いた。
その間も兇漢たちの攻撃は続く。
喚きながら脇差を振り回し、間合いから男たちを遠ざけた。
幸い致命傷はなく脇差は使える。
兇漢たちの正体はすぐに分かった。
やっと有栖川宮のお言葉を得て、今死んでたまるか!
芹沢にあったのはそれだけである。
平山とお梅、小栄はすでに死亡しているのが分かった。
八畳間で大刀を持った四人を、脇差で相手にするのはさすがに分が悪い。
次第に手傷を負っていく。
大刀があれば互角に戦えるのだが、まだ酒も残っている。
芹沢の脳裏に、八木邸の間り図が一瞬浮かんだ。
中庭側の廊下を台所へ進めば、子供の小部屋がある。
そこへ行けば、一対一の戦いに持ち込める。
深酒の後の脳裏にそれが浮かんだというのは、さすが芹沢と言える。
だが、小部屋の入り口には、いつも子供の小机が置かれていることまでは芹沢は知らなかった。
大刀で背後から斬り刻まれながら、芹沢は廊下を走った。
芹沢自身は走ったつもりだが、よたよた進んだに過ぎない。
やっと小部屋前にたどり着き、部屋へ入ろうとした芹沢を廊下を境に置かれた小机が遮った。
足を取られ、芹沢は闇の中で前のめりに転倒した。
そこに八木邸の子供が就寝していた。
追って来た兇漢二名が、折り重なって芹沢に襲いかかった。
喉にとどめを刺され、芹沢は生き絶えた。
最後の最後、芹沢の脳裏にあったものは、有栖川宮の言葉であった。
暗黒の闇へ遠のいていく意識の中で、「頼りにしておるぞ」との言葉だけが聞こえていた。
最悪の修羅の中で、芹沢はあるいは笑みを浮かべていたかもしれない。
土方にもすぐにその報告は来たが、彼が何をしようとしいるのかまるで見当がつかなかった。
だが、万一の集団脱走に備え、監察方の山崎、尾形、吉村らに厳重な監視を命じた。
壬生浪士隊結成以来、芹沢は鬱々とやりきれぬ日々を過ごして来た。
自分は栄光ある元水戸浪士隊の大幹部であり、近藤や土方のような多摩の郷仕上がりの馬の骨とは違う。
自分の使命は朝廷の先駆けとなって佐幕を倒すことである。
それが皮肉にも骨の髄から佐幕派の近藤一派と、不逞浪士取締という会津の犬に成り下がった。
浪士隊の清川が攘夷の先駆けとして、江戸へ引き返すと宣言した時なぜ合流して尖兵とならなかったのか。
わざわざ京まで浪士隊と御所を拝観し、何もせず徒手空拳で江戸へ舞い戻るのがたまらなかったのだ。
京で朝廷のために何かしたい!
それだけが芹沢を突き動かして来た。
遅きに失したが九月十八日ついに意を決して、有栖川織仁に直訴すべく行動を起こしたのだ。
このれは即座に会津探索方情報網にも引っかかった。
近藤と土方は芹沢の意外な行動に臨戦態勢を取った。
有栖川邸は御所内猿が辻にあり、宮は孝明帝の妹で江戸へ将軍家茂へ嫁いだ皇女和宮の許婚としても知られている。
有栖川宮は突如現れた新選組の芹沢にむろん会うことはしなかった。
が、側近を通じて「勤王の志大儀である。だが、今はその時にあらず。時が来たなら必ずや先駆けとなって尽くすよう」と言う言葉を頂いた。
新選組は宮を頂く長州の仇敵である。
芹沢のそんな行動を間に受けるほど、宮は世間知らずではない。体良く芹沢を追い返したのだ。
だが、その言葉に芹沢は欣喜雀了して屯所への帰途に着いた。
芹沢にとっては、まさに生涯京最良の栄光の日であった。
屯所の土方たちは、角屋最大の大広間「扇の間」に祝宴の用意を終え芹沢たちの帰りを待っていた。
芹沢の動向は、刻一刻と監察方と会津から入って来る。
新選組全隊士が集まって「新選組」の初宴が始まったのは、暮れ六つ(午後六時過ぎ)である。
主客の芹沢は上席で殊の外上機嫌で、近藤、日日、山南ら大幹部の盃を受けた。
新見錦が勤王の疑いで昨夜死に至ったことなど、思いもしていない。もし、知っていたなら芹沢の心は怒りと悲しみで荒れ狂い、阿鼻叫喚の宴となったであろう。
土方らの勧めでいつになく盃を重ね、酒に強い芹沢が酩酊状態となっていた。
芹沢のは胸中は。今朝の有栖川宮の言葉でいっぱいだった。
嬉しかった!とにかく帝の孝明帝より倒幕の志強く、朝廷の実力者言われる宮から労いの言葉が嬉しかった。
酔眼で近藤、土方ら大幹部を見下ろしながら、今に俺がこやつら会津の犬どもを一掃してくれるわ!と思っていた。
宴が終えたのは、夜四ツすぎ(午後十時過ぎ)であった。
芹沢は泥酔し、平山と平間に両側を抱えられ、やっと屯所へ戻るあり様だった。
屯所の八木邸には芹沢の愛妾のお梅、平山の相方桔梗屋の小栄、平間の馴染み女輪違屋の糸里が待っており、さらに酒宴が開かれた。
そこへどういうわけか、芹沢たちとは飲んだことのない土方、総司までもが加わって芹沢に盃を進めた。
芹沢は少しも疑うこともなく酒杯を重ねた。
朝の有栖川邸でのことで、芹沢の心は高揚していたのだ。
有栖川邸が俺を心に止められ、危急存亡の折には頼りにすると言われた。
もう俺は会津の犬ではない。
嬉しかった。とにかくその宮のお言葉が嬉しかったのだ。
暁九ツ(十一時すぎ)になると、さすがに芹沢たちにも疲れが周り御開きとなった。
八木邸客間の八畳間に芹沢とお梅、屏風を引き回した横に平山と小栄、台所近くの六畳間に平間と糸里が同衾した。
芹沢は高いびきですぐに寝付いた。
異変はそれから半刻後に起きた。
黒ずくめの男たち四人が中庭から客間へ侵入し、抜刀して立ててあった屏風を芹沢に倒したのだ。
四人は屏風の上から芹沢をめった突きにした。
暗かったため刀は芹沢の急所を突くに至らず、芹沢はその痛みで我に返った。
腹、首、胸を刺されていたが、屏風をはねのけた飛び起きた。
大刀はない。
手探りで枕元に置いた脇差を抜いた。
その間も兇漢たちの攻撃は続く。
喚きながら脇差を振り回し、間合いから男たちを遠ざけた。
幸い致命傷はなく脇差は使える。
兇漢たちの正体はすぐに分かった。
やっと有栖川宮のお言葉を得て、今死んでたまるか!
芹沢にあったのはそれだけである。
平山とお梅、小栄はすでに死亡しているのが分かった。
八畳間で大刀を持った四人を、脇差で相手にするのはさすがに分が悪い。
次第に手傷を負っていく。
大刀があれば互角に戦えるのだが、まだ酒も残っている。
芹沢の脳裏に、八木邸の間り図が一瞬浮かんだ。
中庭側の廊下を台所へ進めば、子供の小部屋がある。
そこへ行けば、一対一の戦いに持ち込める。
深酒の後の脳裏にそれが浮かんだというのは、さすが芹沢と言える。
だが、小部屋の入り口には、いつも子供の小机が置かれていることまでは芹沢は知らなかった。
大刀で背後から斬り刻まれながら、芹沢は廊下を走った。
芹沢自身は走ったつもりだが、よたよた進んだに過ぎない。
やっと小部屋前にたどり着き、部屋へ入ろうとした芹沢を廊下を境に置かれた小机が遮った。
足を取られ、芹沢は闇の中で前のめりに転倒した。
そこに八木邸の子供が就寝していた。
追って来た兇漢二名が、折り重なって芹沢に襲いかかった。
喉にとどめを刺され、芹沢は生き絶えた。
最後の最後、芹沢の脳裏にあったものは、有栖川宮の言葉であった。
暗黒の闇へ遠のいていく意識の中で、「頼りにしておるぞ」との言葉だけが聞こえていた。
最悪の修羅の中で、芹沢はあるいは笑みを浮かべていたかもしれない。
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