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1-3 大和屋庄兵衛事件
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文久三年八月十八日夜半、奇怪な事件が起きた。
霞町一条通り下がる生糸屋・大和屋庄兵衛の店が、何者かに焼き討ちされたのである。
それも一晩掛けて全焼させると言った念の入りようである。
当然、御所近くでもあり京の町火消が大挙火消に駆けつけた。
しかし、相手は鉄砲まで持ち出してまったく火消をさせない。
最初は数人で店を訪れ、御用金の要求をした。
手代は主人が留守だと告げて相手にしない。
男たちは、主人の庄兵衛がいるのを突き止めた上で、再度三重数名という大人数で店を取り囲んだ。
それでも手代は主人は留守だとの一点張りで対応しない。
当時、大和屋は京を中心とする商売圏で生糸を買い占め、暴利を貪っていた。
さらに尊皇攘夷を掲げる天誅派に、大和屋は多額の御用金を納めていた。
業を煮やした男たちは広大な大和屋の店を、全焼させるという挙に出た。
現場は御所と数町と離れていない。
大問題となるのは必至である。
長州、土佐の不逞浪士による要人テロは無数に起きても、三十数名が押しかけて豪商を焼き討ちにするというのは、どう考えても壬生浪士隊の芹沢以外にありえない。
しかし、なぜ芹沢と特定できないのかは、確証がないからである。
率いられた三十数名の武士たちも、浪士隊だという証拠はない。
たとえあっても、証言する者はないだろう。
壬生浪士隊は当時京町衆から蛇蝎のごとくむ嫌われていた。
何かと難癖をつけては金をせびるからである。
それらは全て芹沢一派の仕業であることは言うまでもない。
多摩の裕福な郷士や名主の家に育った近藤や土方たちに、ゆすりたかりなどと言う芸当はできない。
だが、三十数名などと言う大人数の隊士が動員されたなら、近藤や土方が気づかぬはずがない。
芹沢は局長として、新見は副長として総隊士を動員する権限がある。
これから見て大和屋を襲撃したのは壬生浪士隊、それも芹沢一派の率いる隊士たちだと奉行所も守護職も断定した。
夜明けになって、大和屋は見る影もなく焼け落ちた。
男たちの姿はかき消すようにいなくなった。
この時、大砲が使われたと言う巷説があるが、壬生浪士隊はまだ新選組の名を与えられておらず、当然会津から大砲は下げ渡されていない。
翌日、会津公用方から近藤が呼ばれた。
「きつく御用金の調達を禁じていたにも関わらず、帝のおわす御所近くで金を出さぬからと商家を焼き討ちするとは言語道断!芹沢とそれに加担した者共を成敗せよ!」
このような激しい言葉を会津から言われたのは、近藤も初めてである
壬生浪士隊がいかに会津の下部組織とはいえ、不逞浪士の集団とは言え会津は介入をして来なかった。
名門会津としての紳士的な態度に徹して来たのだ。
だが、今度は違った。
奉行所からは男たちを特定できないと言う報告があるにも関わらず、局長芹沢と特定しその一派も粛清しろと言うのだ。
近藤は直感した。
これは公用方だけの判断ではない。
裏に守護職容保か、場合によっては孝明帝がいる。
芹沢鴨は根からの悪党ではない。
酒乱と粗暴が彼の行動規範となっている。
近藤と二人だけの時は、人懐こい笑顔を向けて来る。
案外憎めない男なのだ。
会津からの命令以外にも、近藤には芹沢を排除しなければならない理由があった。
いま浪士隊を組織化し、その機能をフルに使おうとしている副長土方の動きを芹沢一派が阻害しているのだ。
彼は一番隊から八番隊までの京見廻組の編成を考えていた。
局中法度の時もそうだったが、局長近藤名で命令書が出されると隊士は必ず芹沢の顔を盗み見る。
新見などは露骨に皮肉な笑いを浮かべる。
局長二人では、浪士隊は土方が思うように機能しないのだ。
会津の命令は、芹沢と一派を除く好機と土方は捕らえた。
即座に芹沢一派粛清の準備に土方は取り掛かった。
敵は外の尊皇攘夷の敵ばかりではなく、内にもいる。
芹沢の排除を土方は単なる勢力争い、権力闘争とは捕らえなかった。
浪士隊を佐幕を行う理想の組織とするためには、どんな犠牲も厭わぬ覚悟だった。
近藤さんは芹沢に個人的な思い入れがあるようだし、永倉は神道無念流の流派の先輩として親しみを感じているようだ。
だが、そんなことは論外だ。
京の町衆に壬生隊士が壬生狼(みぶろ)と呼ばれているのは、芹沢たちの所業のせいだ。
誰一人として近藤や総司、土方をみぶろと呼ぶ町衆はいない。
土方は九月十八日を芹沢粛清の決行日と決めて、近藤に報告した。
なぜ九月十八日かと言うと、現在京は御所を中心に不穏な政情にあった。尊皇攘夷を唱える長州は御所の実権を握り、これを快く思わぬ薩摩と一触即発の危機にあった。
問題は守護職会津である。
会津が長州と手を握るか、薩摩と手を握るかで事態は反転する。いずれにしても長州と薩摩激突は避けられず、壬生浪士隊が会津隊として出動するのは確実なのだ。
土方はそう読んでいた。
大和屋事件の翌日、土方は新見の動向をそのまま監視せよと命じた。
新見の死で、芹沢に予測の動きをされてはまずいのだ。
粛清を九月十九日と決めたのは、そのころには長州と薩摩政変はカタがついている。
どちらにしても会津は無傷で残る。
政変の祝勝会を土方が粛清の日と決めたのは、そんな読みがあったからだ。
だが、芹沢はそれまで待ってはくれなかった。
京の町衆が度肝を抜くような大事件を、島原角屋でやらかしたのだ。
激怒する会津の公用方に、近藤と土方は平身低頭した。
霞町一条通り下がる生糸屋・大和屋庄兵衛の店が、何者かに焼き討ちされたのである。
それも一晩掛けて全焼させると言った念の入りようである。
当然、御所近くでもあり京の町火消が大挙火消に駆けつけた。
しかし、相手は鉄砲まで持ち出してまったく火消をさせない。
最初は数人で店を訪れ、御用金の要求をした。
手代は主人が留守だと告げて相手にしない。
男たちは、主人の庄兵衛がいるのを突き止めた上で、再度三重数名という大人数で店を取り囲んだ。
それでも手代は主人は留守だとの一点張りで対応しない。
当時、大和屋は京を中心とする商売圏で生糸を買い占め、暴利を貪っていた。
さらに尊皇攘夷を掲げる天誅派に、大和屋は多額の御用金を納めていた。
業を煮やした男たちは広大な大和屋の店を、全焼させるという挙に出た。
現場は御所と数町と離れていない。
大問題となるのは必至である。
長州、土佐の不逞浪士による要人テロは無数に起きても、三十数名が押しかけて豪商を焼き討ちにするというのは、どう考えても壬生浪士隊の芹沢以外にありえない。
しかし、なぜ芹沢と特定できないのかは、確証がないからである。
率いられた三十数名の武士たちも、浪士隊だという証拠はない。
たとえあっても、証言する者はないだろう。
壬生浪士隊は当時京町衆から蛇蝎のごとくむ嫌われていた。
何かと難癖をつけては金をせびるからである。
それらは全て芹沢一派の仕業であることは言うまでもない。
多摩の裕福な郷士や名主の家に育った近藤や土方たちに、ゆすりたかりなどと言う芸当はできない。
だが、三十数名などと言う大人数の隊士が動員されたなら、近藤や土方が気づかぬはずがない。
芹沢は局長として、新見は副長として総隊士を動員する権限がある。
これから見て大和屋を襲撃したのは壬生浪士隊、それも芹沢一派の率いる隊士たちだと奉行所も守護職も断定した。
夜明けになって、大和屋は見る影もなく焼け落ちた。
男たちの姿はかき消すようにいなくなった。
この時、大砲が使われたと言う巷説があるが、壬生浪士隊はまだ新選組の名を与えられておらず、当然会津から大砲は下げ渡されていない。
翌日、会津公用方から近藤が呼ばれた。
「きつく御用金の調達を禁じていたにも関わらず、帝のおわす御所近くで金を出さぬからと商家を焼き討ちするとは言語道断!芹沢とそれに加担した者共を成敗せよ!」
このような激しい言葉を会津から言われたのは、近藤も初めてである
壬生浪士隊がいかに会津の下部組織とはいえ、不逞浪士の集団とは言え会津は介入をして来なかった。
名門会津としての紳士的な態度に徹して来たのだ。
だが、今度は違った。
奉行所からは男たちを特定できないと言う報告があるにも関わらず、局長芹沢と特定しその一派も粛清しろと言うのだ。
近藤は直感した。
これは公用方だけの判断ではない。
裏に守護職容保か、場合によっては孝明帝がいる。
芹沢鴨は根からの悪党ではない。
酒乱と粗暴が彼の行動規範となっている。
近藤と二人だけの時は、人懐こい笑顔を向けて来る。
案外憎めない男なのだ。
会津からの命令以外にも、近藤には芹沢を排除しなければならない理由があった。
いま浪士隊を組織化し、その機能をフルに使おうとしている副長土方の動きを芹沢一派が阻害しているのだ。
彼は一番隊から八番隊までの京見廻組の編成を考えていた。
局中法度の時もそうだったが、局長近藤名で命令書が出されると隊士は必ず芹沢の顔を盗み見る。
新見などは露骨に皮肉な笑いを浮かべる。
局長二人では、浪士隊は土方が思うように機能しないのだ。
会津の命令は、芹沢と一派を除く好機と土方は捕らえた。
即座に芹沢一派粛清の準備に土方は取り掛かった。
敵は外の尊皇攘夷の敵ばかりではなく、内にもいる。
芹沢の排除を土方は単なる勢力争い、権力闘争とは捕らえなかった。
浪士隊を佐幕を行う理想の組織とするためには、どんな犠牲も厭わぬ覚悟だった。
近藤さんは芹沢に個人的な思い入れがあるようだし、永倉は神道無念流の流派の先輩として親しみを感じているようだ。
だが、そんなことは論外だ。
京の町衆に壬生隊士が壬生狼(みぶろ)と呼ばれているのは、芹沢たちの所業のせいだ。
誰一人として近藤や総司、土方をみぶろと呼ぶ町衆はいない。
土方は九月十八日を芹沢粛清の決行日と決めて、近藤に報告した。
なぜ九月十八日かと言うと、現在京は御所を中心に不穏な政情にあった。尊皇攘夷を唱える長州は御所の実権を握り、これを快く思わぬ薩摩と一触即発の危機にあった。
問題は守護職会津である。
会津が長州と手を握るか、薩摩と手を握るかで事態は反転する。いずれにしても長州と薩摩激突は避けられず、壬生浪士隊が会津隊として出動するのは確実なのだ。
土方はそう読んでいた。
大和屋事件の翌日、土方は新見の動向をそのまま監視せよと命じた。
新見の死で、芹沢に予測の動きをされてはまずいのだ。
粛清を九月十九日と決めたのは、そのころには長州と薩摩政変はカタがついている。
どちらにしても会津は無傷で残る。
政変の祝勝会を土方が粛清の日と決めたのは、そんな読みがあったからだ。
だが、芹沢はそれまで待ってはくれなかった。
京の町衆が度肝を抜くような大事件を、島原角屋でやらかしたのだ。
激怒する会津の公用方に、近藤と土方は平身低頭した。
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