示現流見届け人

工藤かずや

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7 師範代奥田主馬

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の河岸に織部と小夜は立っていた。
吹いてくる夜風が心地いい。
特に織部はそんな気持ちだった。

考えていた人斬りと実際はまるで違った。
明日命の消える幼い娘の看取りも許さぬ
上意討ちとはなんなのか!

人斬りとは人間の心を捨てることなのか。
織部はぼんやり、そんなことを考えていた。
あの座敷に寝ていた幼い子は、
今どうなっているのか。

「師範代の奥田主馬が私を騙した」
いきなり小夜が言った。
そばに小夜かいることさえ忘れていた。

「あいつを斬れるのがいないから我慢してたけど
織部さんならできる!」
握った手に力を込めた。

「なんでも、あんたの好きなようさせてやる!
だから、主馬を斬って!」
突然、右門の言葉が浮かんだ。

「小夜は息をするように嘘をつく」
「師範代はいまどうしてるんだ」
「三日前から、気が咎めたのか
道場へ姿を見せない」

あの奥田が!織部には信じられなかった。
文武両道に秀でて、道場主と門弟の信頼が一番厚い男だ。
その奥田が小夜を騙すなど、
信じられない!

いったい二人になにがあったのか。
小夜に聞いても、本当のことは言わないだろう。
師範代で道場へ顔を見せないなど、
よほどのことだ。

小夜より奥田の方が織部は心配だった。
奥田は生真面目だ。
そんな彼を小夜は斬れと言う。
奥田は免許者だが、今の俺なら斬れるだろう。

だが斬ってはならない。
小夜に対する気持ちに変わりはないが、
右門は十指にあまる男が、小夜にはいると言っていた。

「本当のことを言ってくれ!二人に何があった」
「だから、あいつが私を騙したのよ!
私の言うことが信じられないの!」

手に負えなかった。
「斬ることは考えておく!」
織部はそれだけ言った。

「織部さんは私が欲しくないの!」
どきり!とするようなことを平気に言う。
「俺は今日、疲れている」

織部は小夜の手をもぎ離して歩き出した。
小夜は動かなかった。
愛する小夜と親友の右門の言葉の
どっちを信じるか。

右門の忠告で俺は小夜を
決めつけてかかっていないか!
そんな思いも脳裏をかすめる。

大変な一日だった。
忘れていたが、俺が上意討ちと
見届け人の両方の役を仰せつかった。

右門と父に言わせると藩の誰もが
嫌がる役らしいが、役は役だ。
穀潰し扱いの小普請よりよほどましだ。

家へ戻る途中、小夜のことは忘れていた。
人斬りと女、何もない方がいいと思った。
人を殺めることを自分の進歩だと思っていた
自分の浅はかさを思い知らされた。

だが、踏み出した道だ。
これからは上意討ちという名の
人斬りが俺の行く手に待っている
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