上 下
8 / 14

8 会津公用方出現ーお勢ー

しおりを挟む
若い武士が言った。
「会津藩公用方、饗庭仁亮と申す。お勢殿かな」
台所の入り口に立つもう一人の若い武士が、鋭い目で私を見ている。

れっきとした会津のお侍だけに、紋付羽織袴で身なりがいい。
答えようとした私の前に、豪志さんが出た。
左手に刀を下げている。

「会津藩の公用方が、何の用ですか。私がうかがいます」
「お勢殿に直接申しわたす。黒谷の会津本陣まで同道願いたい」
さもう一人の若い方が豪士に告げた。

「お勢は新選組隊士ではない。隊士の貴殿に用件を告げる必要はない。
局長の許可なくも、これは使用人への命令である」
その通りだった。

近藤さんや土方さんの許しがなくたって、私らはどこへ行くのも自由だ。
隊士の人たちが、幹部に断らなければ出歩けないのと大違いだ。
朝晩の食事さえ作っていれば、私らは誰からも文句は言われない。

だが、会津のいうことだけは、聞かなければならない。
饗庭と言うお侍がさらに言った。
「外に駕籠を待たせてある。来て頂く」

私が拒否しなけりゃ、豪志さんにそれを止めることは出来ない。
お侍は二人とも三十近いのに、豪志さんはまだ十八才。
貫禄と押し出しが違い過ぎた。

彼が唇を噛み、こぶしを握り締めるのが分かった。
私だって悔しいよ!
けど拒否する理由ないじゃないか。

「待たんかい!いま、お勢に行かれちゃこっちが困るんだ!」
声がして隊士の一人が私の前に出た。
永倉新八さんだった。

「お主は!」
饗庭と名乗った武士が言った。
「名乗るほどのものじゃねぇ!腹をすかせた隊士だ」

武士は顔わ見合わせた。
これは大事にはしたくない様子がわかった。
「お勢はこれから俺たち隊士の朝飯を作る。連れて行かれちゃこまるんだ!やめてくれ!」

意外な男の出現に、会津の侍はすぐに言葉が出ない。
「それとも何か、幹部と隊士六十人分の朝飯を今すぐ用意してくれるってのか」
饗庭が言った。

「それは・・・暫時お待ち願いたい。仕出し弁当を注文し、お届けいたす」
「分からねェやつだな!こっちは今すぐ、と言ってるんだ!お勢なら半刻もしねェ内に、三十
人数分作っちまわ!」

手伝いの三人のおばんと五人の男衆が、賄いの入り口で見物してる。
「帰ェってくれ!会津藩の公用方かなんか知らねェが、賄い女をさらうなんてれっきとした侍
のやるこっちゃねェ!」

永倉さんの啖呵に、二人は無言で頭を下げ台所を出て行った。
「お勢、朝っぱらから縁起でもねェ!塩まいとけ!」
永倉さんの圧勝だった。

台所を出ていく永倉さんに、豪志さんは頭を下げた。
それを永倉さんは怒鳴りつけた。
「しっかりしろい!!手前ェの女をかっさわれちまっていいのか!」

気が付くと、腕組みした廊下の壁に副長がもたれていた。
「なぜ、会津が現れた!何か大きな政変があるな!」
呻くように土方さんがつぶやいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白翼の隼は幻の撃墜王と共に

へったん愛好家
歴史・時代
歴史は誰か一人の些細な行動ですぐに変わる。我々の知る“史実”と言うのは、偶然に偶然を重ねた結果生まれた一つの歴史だ。 ……本当に簡単に歴史は変わる。例えば、太平洋戦争中にたった一つ、常識から外れた戦闘機と軍からも国からも捨てられた人間が産まれるだけで変わる。 これは、相良一というイレギュラーが歴史を変えていく物語である。

藤散華

水城真以
歴史・時代
――藤と梅の下に埋められた、禁忌と、恋と、呪い。 時は平安――左大臣の一の姫・彰子は、父・道長の命令で今上帝の女御となる。顔も知らない夫となった人に焦がれる彰子だが、既に帝には、定子という最愛の妃がいた。 やがて年月は過ぎ、定子の夭折により、帝と彰子の距離は必然的に近づいたように見えたが、彰子は新たな中宮となって数年が経っても懐妊の兆しはなかった。焦燥に駆られた左大臣に、妖しの影が忍び寄る。 非凡な運命に絡め取られた少女の命運は。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと
歴史・時代
中国の三国時代、炎興元年(263年)、蜀の第二代皇帝、劉禅は魏の大軍に首府成都を攻められ、降伏する。 蜀は滅亡し、劉禅は幽州の安楽県で安楽公に封じられる。 私は道を誤ったのだろうか、と後悔しながら、泰始七年(271年)、劉禅は六十五歳で生涯を終える。 ところが、劉禅は前世の記憶を持ったまま、再び劉禅として誕生する。 ときは建安十二年(207年)。 蜀による三国統一をめざし、劉禅のやり直し三国志が始まる。 第1部は劉禅が魏滅の戦略を立てるまでです。全8回。 第2部は劉禅が成都を落とすまでです。全12回。 第3部は劉禅が夏候淵軍に勝つまでです。全11回。 第4部は劉禅が曹操を倒し、新秩序を打ち立てるまで。全8回。第39話が全4部の最終回です。

白くあれ李

十字 架運太(クロス カウンタ)
歴史・時代
 戦前日本に王公族の存在した時代に、日本皇族として唯一人外国の 王家に嫁いだ梨本宮方子妃と李王世子殿下の間に生まれた晋王子は幼 くして亡くなったが、その晋王子が実は存命していてその血を受け継 ぐ末裔が現代の北朝鮮で起こったクーデターに巻き込まれていってし まう・・・・・。  日本皇族と朝鮮王族に纏わる長編歴史アドヴェンチャー。

刑場の娘

紫乃森統子
歴史・時代
刑場の手伝いを生業とする非人の娘、秋津。その刑場に、郡代見習いの検視役としてやってきた元宮恭太郎。秋津に叱咤されたことが切っ掛けで、恭太郎はいつしか秋津に想いを寄せるようになっていくが――。

縁切寺御始末書

hiro75
歴史・時代
 いつの世もダメな男はいるもので、酒に、煙草に、博打に、女、昼間から仕事もせずにプラプラと、挙句の果てに女房に手を挙げて………………  そんなバカ亭主を持った女が駆け込む先が、縁切寺 ―― 満徳寺。  寺役人たちは、夫婦の揉め事の仲裁に今日も大忙し。  そこに、他人の揉め事にかかわるのが大嫌いな立木惣太郎が寺役人として赴任することに。  はじめは、男と女のいざこざにうんざりしていたが……………… 若き侍の成長と、男と女たちの痴情を描く、感動の時代小説!!

処理中です...