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5 警護の理由 ーお勢ー

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それでも必死に食い下がる私に土方さんは沈黙したままだ。
豪士さんが口を開いた。
どうしても話が聞けないなら、
処罰覚悟で警護を辞退すると言う。

切腹覚悟で組を出るかも知れない。
彼も何も知らされず警護だけを命じられてたんだ。
もちろん、私も大丸の奉公に戻る。

いや、江戸へ帰ってしまうかもしれない。
断固たる二人の決意に、土方さんは一言も答えなかった。
苦悶も苦い顔もしない。

いつもの土方さんがいるだけだ。
「時が来たら話そう」
やっとそれだけ言った。

「時ってなんですか!なんの時ですか」
豪士さんの問いに土方さんは答えなかった。
きっと組の存続に関わることなんだ。

当然、局長の近藤さんも関わっている。
「お勢の警護を命じた以上、狙う相手だけは教えておいてやろう」
やっと土方さんはまともなことを言った。

いったい誰が私を狙ってるって言うんだい。
「たとえお勢が会津藩の奉公先に戻っても、江戸へ帰ったとしても命を狙われることに変わりはない。
長州、土佐、薩摩、幕府、いや京に藩邸をもつすべての藩、そして朝廷が必死でお勢を狙う。
そしてそれはお前が死ぬまで続く。断言する!」

戦慄や恐怖なんてもんじゃない!
私は声もなくおののいた!
座ってなどいられなかった。

いつ私は、それほどの大それた大罪を犯したんだ!
何もしていない!!
それは土方さんが一番よく知ってるはずじゃないか!

賄い方のすることなどたかが知れてる。
毎日、食材の仕入れに錦小路へ行く。
それ以外は、一歩も屯所を出ない。

話すのは賄いの手伝い女たち三人と、と下働きの男衆五人だけ。
ただ夕食の後片付けすべてが終わったとき、
副長に呼ばれて明日の食材の報告をする。
お金が必要だからね。これだけは勘定方じやなくて、
土方さんが直接渡してくれた。

「決して大げさではなく、今やお勢が幕末の動乱の中心にいる。
隠して来たが、各藩も浪士たちもやっとそれに気づきだした」
だから、豪士さんを私の警護につけたのか。

この時、私は新選組の賄い方へなど来るのではなかったとつくづく後悔した。
紹介した会津公用方を恨んだ。
私の願いは京の商家で働き、やがてそこの手代と小さな所帯を持つことだ。
ささやかな夢だ。

土方さんの言ってることは大き過ぎた。
さすがに豪志さんも驚いて土方さんを睨んでいる。
長州や薩摩、土佐、そしてすべての不逞浪士と幕府、朝廷から
豪士さんがひとりで私を警護するなんてことなんてできやしない!

副長のいう通りなら、新選組は見廻りなどの任務を捨てて、
全員で私を護らなければならない。
そんなことは不可能に決まってる!

考えるだに恐ろしいことだよ!
こうしている間も、刻一刻と危機は迫る。
今夜にでも、公儀が私を差し出せと言って来るかも知れない。

拒んだら、新選組は公儀を始め在京全ての諸藩を敵に回す。
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