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神田和泉橋医学所

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富士山丸が品川沖にその威容を見せた。
乗員が続々と伝馬船で、岸壁へと運ばれていく。
負傷者が先と言うことで近藤さんや斉藤 一たちが、船から運び出された。

俺はミケを抱いて、甲板でそれを見送った。
土方さんが船倉の十八万両から離れるなとうるさく言うので、俺は一番近いデッキから動けない。

負傷者の後、新選組の生き残り数十名が船を降りて行く。
俺はいつになったら船を出られるんだよ。
土方さんは榎本武揚とともに、艦橋でそれを見ている。

俺は十八万両の何なんだよ!
そんなものは海へ捨てちまえ!
船に乗り飽きて、俺はもううんざりしていた。

黒い服を着た白髪の男が、凄い勢いで伝馬船から駆け上がって来た。
何事だ!!
よく見ると、京の屯所へもよく来ていた松本良順と言う医師だった。

松本はまっすぐに俺の前へ走って来ると、いきなり目の前で怒鳴りつけた。
「お前は、ここで何をしているのかァ!!」

これには驚いた。
京での松本はしごく優しい医師だったからだ。
「何をって、みんなが下船して行くのを見送っていた」

それしか言いようがない。
十八万両の護衛などとは、口が裂けても言えない。
「馬鹿者が!真っ先に下船しなければならんのは、お前なんだ!すぐに降りろ!」

上で土方さんが見てる。
勝手に降りたら大変なことになる。
まさか、ここまで来て局中法度違反は持ち出さんと思うが、とにかくうるさい!

「俺には役目があって、勝手に降りられない」
「役目とは何か!命より大事なものか!」
場合によっては、そうとも言える。

騒ぎを聞きつけて土方さんが艦橋から降りて来た。
松本が今度は土方さんに食ってかかった。
「なぜ沖田を船から下ろさん!当船の負傷者の中で、沖田がもっとも重症者なんだ!すぐに下ろせ!」

土方さんは冷静に言った。
「だめだ!彼は重要な任務を持っている!余人には出来ん重要な任務だ」
「命より大事な任務か!なら言って見ろ!」

松本は命知らずだ。
新選組鬼の副長土方歳三の怖さを知らない。
艦長の服を着けた榎本もやって来た。

松本が榎本に噛みついた。
「重要な任務で沖田を下船させんそうだが、幕府海軍はいつからそんな腰抜けになったのだ!」

榎本の顔色が変わった。
「わが艦隊を、腰抜けとは聞き捨てならん!返答によっては松本良順と言えども容赦せんぞ!」」

榎本は松本を睨み据えた。
「沖田は重度の労咳だ!何の任務か知らんが、こんな重症者の力を借りねばならんほど海軍に人はおらんのか!」

「彼をどこへ連れて行く」
土方さんとしては俺がいなくなったら、自分で十八万両を護らなくてはならない。

「神田和泉橋の医学所だ!近藤さんも、斎藤さんもすでに出発した。沖田は労咳の末期患者だ!最初に医学所へ行かねばならん男が、なぜこんなところにいる!」

土方さんが俺にうなづいた。
「その医学所へ行け!お前が千駄ヶ谷へ行くまでに、準備を終えといてやる」.
これ以上騒ぎがおおきくなったら、十八万両の存在が知られる。

そう土方さんは判断したのだ。
十八万両の上へなんか寝たかねェよ!
なるべく深く埋めてくれ。

土方さんはどうあっても、俺を十八万両と一緒にしたいらしい。
即刻、俺は松本良順とともに富士山丸を下船した。
もちろん、ミケは俺の懐の中だ。

岸壁は何百貫もの鉛の搬出でごった返していた。
近藤さんや斉藤にはなかった駕籠が、俺には用意されていた。
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