上 下
32 / 56

孝明帝崩御

しおりを挟む
慶応二年十二月二十五日、第百二十一代孝明天皇が崩御された。
この激動の幕末にあって、内外共に非常に大きな衝撃を持ってこれを受け止められた。

新選組の隊内でもこのことは深刻な話題となったが、これが自分たちの運命とどう関係するのか明確に捕えた者はいなかった。
伊東甲子太郎を除いて。

伊東は即座に動いた。
葬儀が終わると、陵(みささぎ)は京の今熊野泉水山町の泉涌寺内の後月輪東山陵に治定された。

伊東の行動は素早かった。
すぐに泉涌寺塔頭・戒光寺長老堪然に会い、孝明帝の御陵を護る衛視すなわち御陵衛士の任拝命を懇願したのだ。

新選組と言うこともあり問題視されたが、その熱意と誠意を評価され、無事御陵守護の任を拝命されるることとなった。
俺はそれを監察方山崎と土方さんから同時に聞いて、耳を疑った。

おいおい、伊東甲子太郎と言う男はそれほど尊王だったのか!近藤さんが頭を丸めて、突如坊主になると言い出すよりもっと凄いことだ。
誠心誠意、孝明帝のことを一途に考えて居なければ到底出来ないことだからだ。

口先だけの尊王は、日本中に掃いて捨てるほどいる。
だが、政治利用ではなく、立場利用でもなく真に帝の崩御を悼む者は皆無である。

伊東は正直に自分の想いを近藤さんに告げ、仲間とともに新選組分離を願い出た。
これに猛反発したのは、近藤さんより土方さんの方だった。

土方さんは伊東の行動を、新選組離脱のための口実と見たのだ。
俺も直感的にそう思った。
新選組を出て行ったやつで、ここまで手の込んだ芝居を打ったやつはいない。

さすがは伊東甲子太郎だと思った。
だが、冷静に様子を見ていると、背後に薩摩がいるにしても、伊東の孝明帝への想いは真摯なものであることが分かって来た。

その根拠が、伊東の心酔する藤田東湖の勤王水戸学である。
東湖に薫陶を受けた伊東は、勤王の権化と化していた。
俺は土方さんに、伊東らの隊分離を許可するよう話した。

土方さんは驚いて俺を見た。
まさかこんなことを俺が言うとは、夢にも思ってなかったのだろう。
もはや流れは止められなかった。

土方さんは伊東の説明を、新選組を出るための口実との猜疑心を抱いたまま、近藤さんを説得した。
いずれ謀略による御陵衛時士殲滅をも、告げたも知れない。

結果として伊東は十五名の同士を伴って隊を分離、五条橋東詰め長円寺の屯所へ入った。
土方さんが山崎に調べさせると、まだ十数名の御陵衛士志願者が隊内に残っていると言う。

伊東の隊内における影響力は絶大だったのだ。
俺は・・・またまた、頭を抱える毎日を過ごしていた。
ミケが戻って来ないのだ!

この浮気猫は、いったいどうなってるんだ!!
竜馬が本格的に京に腰を据えた。
きっとそこに入り浸っているんだ。

いまや、竜馬にはお龍と言うれっきとした妻がいる。
人間の女が居るなら、猫などいいではないか!

俺にはミケしかいない。
竜馬め、女と猫を独り占めするな!
そんなやつは、暗殺されちまえばいいんだ!

ミケ恋しさのあまり、突如浮かんだおのれの呪詛に俺は愕然とした。
そして、あわてて打ち消した。
ちがう!竜馬も、一度は俺が愛した男なのだ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

近衛文麿奇譚

高鉢 健太
歴史・時代
日本史上最悪の宰相といわれる近衛文麿。 日本憲政史上ただ一人、関白という令外官によって大権を手にした異色の人物にはミステリアスな話が多い。 彼は果たして未来からの転生者であったのだろうか? ※なろうにも掲載

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

【架空戦記】炎立つ真珠湾

糸冬
歴史・時代
一九四一年十二月八日。 日本海軍による真珠湾攻撃は成功裡に終わった。 さらなる戦果を求めて第二次攻撃を求める声に対し、南雲忠一司令は、歴史を覆す決断を下す。 「吉と出れば天啓、凶と出れば悪魔のささやき」と内心で呟きつつ……。

春雷のあと

紫乃森統子
歴史・時代
番頭の赤沢太兵衛に嫁して八年。初(はつ)には子が出来ず、婚家で冷遇されていた。夫に愛妾を迎えるよう説得するも、太兵衛は一向に頷かず、自ら離縁を申し出るべきか悩んでいた。 その矢先、領内で野盗による被害が頻発し、藩では太兵衛を筆頭として派兵することを決定する。 太兵衛の不在中、実家の八巻家を訪れた初は、昔馴染みで近習頭取を勤める宗方政之丞と再会するが……

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

桔梗の花咲く庭

岡智 みみか
歴史・時代
家の都合が優先される結婚において、理想なんてものは、あるわけないと分かってた。そんなものに夢見たことはない。だから恋などするものではないと、自分に言い聞かせてきた。叶う恋などないのなら、しなければいい。

処理中です...