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局長近藤の変節

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近藤さんは毎日朝四ツ(午前十時)になると、
白馬にまたがり四人の供侍を連れて屯所を出て行く。
二条城の大名会議へ出るためだ。

身なりも五万石以上の大名の姿だ。
俺をそれを見るたびに痛々しくてならない。
なぜ土方さんは止めないのか!

あんたは政治家ではないのだ、と。
池田屋騒動で多少名を挙げたからと言って、所詮近藤さんは多摩の天然理心流の道場主だ。
剣客なんだよ。

二条城で会議をする大名、重役たちの顔ぶれは、いずれも藩を運営する政治家どもだ。
ハッキリ言って、近藤さんは場違いだ。

何を勘違いしている!
会津公が二条城へ招いたからと言って、のこのこ出かけて行くべきではない。

屯所へ戻った近藤さんは、土佐の参政後藤象二郎の名をまるで親友ででもあるかのように口にする。
そんなはずはない。

土佐の激動を生き抜いたあの老練な策士が、政治に素人の近藤をまともに相手にするはずがない。
近藤さんは適当にあしらわれ、二条城で道化を演じている。

彼らの近藤さんを見る目は、池田屋で長州浪士を斬りまくった人斬り以上の何者でもない。
近藤さんは池田屋で剣をふるったのち、二度と見廻りや真剣の現場へ出ようとしなくなった。

真剣勝負に臆したとは思いたくないが、真剣で立ち会うことの危うさをいやというほど経験したことは確かだ。
いかに剣客とは言っても、初めて剣を握る相手に負けないと言う保証はどこにもない。

そうした危ういのが真剣勝負だ。
名だたる手練れが初心者に斬られる例を、俺は山ほど見てきた。
竹刀での道場剣法とは、決定的にちがうのだ。

池田屋で何度かぎりぎりの死地をくぐりぬけた近藤さんが、そうした場面を避けようとする気持ちも分からなくはない。
俺だってそうなのだから。

自信を持って、自分を白刃の下へさらせるやつなどいない。
一瞬先は闇、剣を握る限り常に死の地獄が口を開けている。
新選組隊士は日々、そうした恐怖と戦いながら暮らしている。

近藤さんは、いや土方さんや俺を始めとする天然理心流の仲間は、江戸へ帰るべきなのだ。
二年前、江戸を出る時、天然理心流などと言う流派は、誰も知らない多摩の田舎剣法だった。

その当時江戸では、千葉周作の北辰一刀流、斎藤弥九郎の神道無念流、桃井春蔵の鏡新明智流、伊庭八郎の心行刀流の四流が全盛だった。
何千人と言う門弟を集めていた。

なのに天然理心流の弟子は数十人。
常に道場へ来るのは十人にも満たない。
近藤さんはは幕府公武所の師範に名乗りを上げるも相手にされず、悲涙を飲んだ。

だが、今や日本中に名を馳せた天然理心流は、実力で江戸の四大流派をはるかにしのぐ存在となった。。
公武所師範では、幕府方が近藤へ頼みに日参するだろう。

江戸の中心に道場を開いたら、何千人と言う門弟が列をなすのは確実だ。
これこそが近藤さんと土方さんが、夢にまで見た悲願ではなかったのか!!
大名の格好で供侍を従え、二条城へ通う近藤になぜ変節した。

俺はこれを何度か土方さんに聞いたが、彼は苦笑するばかりだった。
状況と時代が変わったとでも言いたいのか。
俺はひとりで多摩へ戻りたかった。

正直にいうなら、多摩で死にたかったのだ。
出来るなら、近藤さんや土方さん、井上さん、亡くなった山南さんの霊や藤堂たちとともに戻りたい。
手遅れにならないうちに。

新選組は長州や土佐の多くの志士たちを斬って来た。
すでに多くの恨みを買っている。
だが、今ならまだ間に合う。

新選組が決定的な敗北をしていないからだ。
何度か、俺はミケを連れてひとり来世へ行こうとさえ思った。
新選組の敗残を見るのと、俺の命が終わるのとどちらが早いのか。

が、結局新選組と運命を共にする道を選んだ。
仲間を捨て切れなかったのだ。
近藤さんは俺のおやじであり、土方さんは兄貴だった。

世の中の激動は、明らかに新選組が目指す道とは逆に動いている。
俺は病床でそれを見つめていた。
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