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葛山武三郎の最後

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その夜、俺は葛山と二人で飲み明かした。
これほどの問題になっていながら、俺は非行五カ条なるものの内容を知らない。
土方さんも当の近藤さんさえ、目にしていないのだ。

ぜひともそれを書いた本人から、内容を聞きたかった。
葛山は言った。
「山南さんのいったことを、私が文書にしました」

すでにそれは会津容保公の手にある。
葛山が書いた五カ条の内容を分かりやすく言ってくれた。
「第一に近藤局長の女関係です。京都市内に十数人の女を囲っている。通常なら長州者の巣で、我々隊士のあまり近づかない五本木の廓にさえ女を作っている」

俺は驚いた。
五本木は長州の桂小五郎の女、遊女幾松がいることでも有名だ。
近藤さんが入り込んでいたら、いつ狙われても不思議ではない。

「第二に女を囲うと当然金がかかる。並みの金でない。数千、数万両(数億円)の金だ!」

局長は月に二百両(約二千万円)もの金を会津と幕府から支給されていながら、さらに莫大な金を勘定方から持ち出していたのだ。
なんと、女のために!

しかも、まったく断りもなく無断で!
それで勘定方の計算が合わなくなり、何度となく問題が起きた。
そんなことを平隊士はむろんのこと、助勤などの大幹部がやっても即日切腹である。

また、近藤は隊務らしい隊務をしない。
すべて副長の土方が代行し、終日隊にいなくても何ら組に支障はない。
それが近藤の女遊びを増長させている、とも言えるのだ。

いつから、こうなったのか。
明らかに、先代局長芹沢 鴨の粛清時からである。
そして、山南、永倉たちが最も我慢ならなかったのは、仲間であり同士であるはずの隊士たちを、近藤が臣下扱いし始めたことである。

自らは大名で、土方以下は家来であるとの増長ぶりだ。
多摩の天然理心流の破れ道場で、同じ釜の飯を食っていたのを忘れたのか!と山南、永倉たちは激高したのだ。

葛山は多摩時代を知らないが、新選組創設と同時に隊へ入っている。
その気持ちは良く分かる。
非行五カ条の内容を読まずとも、その気持ちは俺も納得した。
永倉たちの怒りは当然だった。

夜が明けた。
藩邸は葛山に朝風呂を用意していた。
介錯の俺が切腹の間に控えていると、死に装束の葛山がなんと大刀を持って現れたのだ。

切腹の座に就かず、俺と向かい合うと葛山は言った。
「切腹はやめです。私は最後に沖田さんと立ち合いたい」
と言った。

なるほど、土方の告げた局中法度には従わず、あくまで今回の裁定は理不尽と言いたいのか。
よかろう!それはそれで、生き方として理解する。

立ち会ってやろう。
「場所はここでいいのか」
葛山はうなづいた。

「場所を変えると、邪魔が入りますから」
そう言って、葛山は間合いを取って刀を抜いた。
彼がどれくらいの腕か俺は知らない。

俺に挑むからには、自信があるのだろう。
手加減はしない、。
手ぬるい真似をしたら、一刀の元に斬り捨ててやる。

俺は刀を抜いた。。
葛山は正眼に構える。
それだけで分かる。

なかなかのものだ。
相正眼で対峙する。
ただ、葛山はそれだけの腕を持ちながら、いま勝とうとしていない。

これは死ぬための勝負だ。
従容と切腹などで果てたくはない!
最後まで、新選組と会津に歯向かって死にたい。
その一途な心根が現れていた。

大胆に間合いを切り、必殺の一撃で斬り込んで来た。
出来る!
薩摩の示現流の流れを汲む流派と見た。
ぎりぎりでかわして胴を抜く。

手応えがあった。
が、葛山は崩れない。
剣尖をこちらの目線につけて、なおも迫って来る。

深手を負っているはずなのに、凄まじい気迫だ。
惜しい!惜しい斬り手だ!
再び、呻りを上げて上段からの斬り下ろしが来た。
今度はかわさず出小手を捕らえ、そのまま得意の突きに出る。

俺の剣尖は、正確に葛山の喉仏を砕いて両断していた。
葛山は苦悶の中に笑みを浮かべ、ゆっくりと崩れ落ちた。
俺は刀を引いた。

同時に部屋の四方の襖が音を立てて開いた。
部屋の外には、襷に股立ちを取った会津の武士二十数名が白刃を手に待機していた。
「何事!」
刀に拭いをかけながら問う俺に、指揮する武士が告げた。
「万一に備え、待機せよとの公用人の指図にございまする!ご無礼しました!」

そうか、小林は万一俺が葛山に敗れることを想定して、手練れを待機させたのか。
俺は苦笑しながら切腹の間を出た。
玄関で土方さんが待っていた。

俺たちは無言で屯所へ向かった。
あれだけの剣の逸材に、なぜ土方さんと俺は気づかなかったのか。
そればかりを俺は考えていた。

後日、葛山の遺骸は新選組屯所に移送され、隊士として手厚く光縁寺へ葬られた。


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