上 下
9 / 56

俺の戦さ

しおりを挟む
布団を出た俺は、戦さ支度に着替える。
陣羽織姿の土方が廊下から入って来る。
俺の姿を見て顔色が変わる。

「何をしている!」
「なにって、長州相手の戦さ準備に決まってるじゃないですか」
「馬鹿を言うな!そんな体で何が出来る!お前は屯所を護る留守部隊だ」

「いや、戦います!仲間が危険な戦さに向かうってのに、寝てなんかいられない!」
「お前にまた倒れられたら、それを見る隊士、安全な後方へ送る隊士など部隊は戦力を失う」
それを言われたら、俺には一言もない。

現に池田屋では俺のために、仲間に多大な迷惑をかけている。
「長州が京を攻める目的は、御所での失地奪還だけではなく池田屋で吉田稔麿などかけがえの
ない同志を失った、新選組への報復がある。ここへ必ず長州部隊は来る」

「新選組には、屯所まで護る兵力がない」
「その通りだ。お前がここにいても、戦場同様危険なことに変わりはない」
「分かりました。やはり、俺はここで戦います」

「だめだ!そんな体で何が出来る!」
「土方さん、表へ出てもらいましよう」
「なんだと!」

「俺がまだどれくらい刀を使えるか、見てもらいます。立ち合ってください」
苦笑する土方。
「隊が俺の出動命令をを待っている。そんな暇はない」

「いや、真剣で戦ってもらいます。土方さんを斬って、俺も長州の戦いに参加する」
土方は俺の言葉を無視する。
「隊士を十名残す。これは屯所襲撃に備えるぎりぎりの人数だ。お前の寝室は、土蔵の二階へ
移した。襲撃され、火をかけられてもあそこなら大丈夫だ」

俺はつぶやく。
「沖田総司もなめられたもんだ。みんなが戦う時に、安全な土蔵の奥で隠れて居ろと言うのか」
お前の力は分かっている。近藤さんだって、喉から手が出るほどお前の力が欲しい。だが、病
気を治すのが先だ」

「俺の病気が死病だってこと知ってるでしょう」
土方は総司から目をそらした。
「これは局長命令だ。従わなければ、命令不服従で局中法度違反に問う」

俺は嗤う。
「では一つだけ条件をつけます。せめて、それくらい飲んでくださいよ。そうしたら、おとな
しく土蔵で寝ています」

「言って見ろ」
「隊士全員戦闘へ連れて行く。俺はひとりでいい」
「お前は刀を持てない!戦えない!」

「じゃ、いいんですね」
「勝手にしろ!布団と三日分の握り飯は、土蔵に運ばせてある」
「土方さんこそ、気を付けてくださいよ。長州は最新火器を船で運んで来る。いつもの連中と
はわけが違う」

「分かってる。余計なことを考えず寝てろ」
言い捨てて、土方は寝室を出て行く。
総司は戦さ支度のまま、窓を開ける。

外に煙るような小雨が降っている。
続々と隊士が隊列を組んで屯所を出て行く。
それを見送って俺はつぶやく。

「土方さんが何と言おうと、俺は俺の戦さをここでやる」
と、窓から何かをくわえたミケが飛び込んで来る。
「なんだ!何を持って来た!」

総司の前に、くわえていたものを置くミケ。
生まれて間もない子猫である。
「お前の子供か!」

ミケが再び窓から飛び出して行く。
総司が子猫を見る。
まだ目がやっと開いたばかりの小さなやつだ。

「ミケのやつ、雨が降って来たので、俺に子供を預けに来た」
また、ミケが子猫をくわえて部屋へ戻って来る。
それも濡れた子猫である。

外の雨を見て、思わず笑う総司。
「そうか。俺のところへ親子で避難しに来たのか」
二匹を掌に載せる。

小さな声で鳴いている。
ミケは安心したのか、濡れた自分の体をなめて身づくろいしている。
「よし、お前たちには、もっと安全でいい場所がある」

二匹の子猫を両手に載せて、部屋を出る。
ミケが後について来る。
母屋を出て、雨の中を土蔵へ向かう。

入口のぶ厚い扉は開いている。
中へ入る総司。
ミケも付いて来る。

奥の暗い階段を上がる。
二階の畳の部屋は土方の言葉通り布団が敷かれ、
駕籠にいれられた三日分の握り飯と水が入っている。

布団の上に二匹の子猫を置く。
ミケが添い寝して、しきりと子猫をなめてやる。
「ここがお前たちの場所だ」

俺は土蔵を出る。
寝室へ戻り、愛刀を手にする。
「俺の戦さはここだ!」

無人の屯所で、ひとり見廻りをする総司。
思い刀を持ち、足元がおぼつかない。
長州兵の襲撃に備える。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

近衛文麿奇譚

高鉢 健太
歴史・時代
日本史上最悪の宰相といわれる近衛文麿。 日本憲政史上ただ一人、関白という令外官によって大権を手にした異色の人物にはミステリアスな話が多い。 彼は果たして未来からの転生者であったのだろうか? ※なろうにも掲載

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

【架空戦記】炎立つ真珠湾

糸冬
歴史・時代
一九四一年十二月八日。 日本海軍による真珠湾攻撃は成功裡に終わった。 さらなる戦果を求めて第二次攻撃を求める声に対し、南雲忠一司令は、歴史を覆す決断を下す。 「吉と出れば天啓、凶と出れば悪魔のささやき」と内心で呟きつつ……。

不屈の葵

ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む! これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。 幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。 本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。 家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。 今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。 家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。 笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。 戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。 愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目! 歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』 ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!

誠眼の彼女 -Seigan no Kanojo-  @当分、毎日投稿

南雲 燦
歴史・時代
【奇怪な少年が居た。その者新選組十一番隊隊長、盲目の女剣士、無類の戦好き】 盲目の小さな剣士が居た。 白妙の布で目元を隠し、藍の髪と深い碧眼を持つ奇怪なその剣士の正体は、女であった。 辻斬りの下手人として捕縛された彼女は、その身を新選組に置くこととなる。 盲目ながら、獣のように戦う腕利きの二刀流剣士であった彼女の手綱を握ったのは、新選組"鬼の副長"、土方歳三。 因縁の相手長州・土佐との戦い、失明の過去、ふざけた日常、恋の行方を辿る、彼等が生き抜いた軌跡の物語。 ーーーーー サブエピソードはこちら 『誠眼の彼女 挿話録』 https://kakuyomu.jp/works/16816927862501120284 ーーーーー 史実に基づきつつ、普段歴史ものを読まない方にも読んでいただけるよう書いております☺︎2022.5.16 執筆開始@アルファポリス ※歴史・史実と異なるところがあります。 ※この物語はフィクションです。 ※歴史の知識は文章内に記載してある為不要です。 ※起首までは過去作の改訂版です(執筆開始 2016.11.25 『起首』まで) ⚠︎一切の引用転載転記を禁じます お誘いを受けたきっかけで、このサイトでも公開してみることにしました(*´꒳`*) 歴史小説大賞にエントリーしてみます。

春雷のあと

紫乃森統子
歴史・時代
番頭の赤沢太兵衛に嫁して八年。初(はつ)には子が出来ず、婚家で冷遇されていた。夫に愛妾を迎えるよう説得するも、太兵衛は一向に頷かず、自ら離縁を申し出るべきか悩んでいた。 その矢先、領内で野盗による被害が頻発し、藩では太兵衛を筆頭として派兵することを決定する。 太兵衛の不在中、実家の八巻家を訪れた初は、昔馴染みで近習頭取を勤める宗方政之丞と再会するが……

処理中です...