神子は再召喚される

田舎

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目が覚めると、病院のベッドの上で眠っていた。



――― 有田満は家族との団らん中、突然意識不明で倒れ病院へ搬送された。
精密検査で何度も原因を調べたが異常は見当たらず、こうして起きるのをずっと待っていたらしい。

「うん。半年も眠っていたというのに体にも問題はなさそうだね。良かった」

たった半年…?
もっと長い時間を過ごしていた気がするけど、アクなんちゃらの世界のことなんて考えたくなかった。

(なんだ、ずっと俺は夢を見ていたのか)

生々しい夢だったけど目が覚めて本当に良かった。


それから数年後。俺は高校を卒業して、新社会人としての道を選んだ。
心配をかけたからと親を気遣おうとすれば「ふふ、なんだか急に大人びたわね」と母に笑われたけど、そうなのかもしれない。


こうして色んなことを忘れかけようとしていた―――――…



「・……え」


再び、再召喚という目に遭うまでは――――。








「神子様だ」
「ほんとうに、神子が…?」

ぞわっと背筋が凍った。
白いローブに帽子。ざわざわと騒がしい空気に、冷たく微笑む銅像の表情…。

「あ、なんで…、どうして…」


「どうしてはこっちの台詞だ、裏切り者がっ!!!」


突然信徒から浴びせられた怒号にビクッと背中が震えた。
―――裏切り者?
だれが、おれが…?
みんなを騙していたことがバレて、俺に制裁を与えられるために再召喚を…?


「落ち着きなさい。神子様はそんなことをされる方ではない」
「あ…、」
「お久しぶりです。アリタ様」

すっかり年老いているけれど、彼は熱心な… トール神ではなく俺の信徒だと語っていた青年だった。


現司教の彼が語るには、魔王が討伐されてから五十年が経過していた。
俺が帰還した後、どうしてか神は聖職者達の祈りを聞き入れずこの世界は再び瘴気に呑まれようとしているのだという。

「ゆ、勇者は…?」
「残念ながら、あの方は新しい魔王が現れて…」

凄惨な殺され方をしたという、人類への見せしめのように…。歴史上、最悪な魔王の誕生。
世界は今まで以上に混沌としたものへ化してしまったという。


「お前が帰ったからこの世界は大変になったんだぞ!!」
「‥‥…っ、ちが、ちがうっ、俺にはなんの力もないんだよっ、だから…」
「アリタ様。今一度、我々にお力を貸してはくれませんか?」


「――――い、いやだ!!」
 

勝手だ、みんな勝手だ!!
またあの部屋に閉じ込められるなんて冗談じゃない!!
地面を蹴って逃げ出そうとした俺だったけど

「‥‥、あ゛、っ…!」

後頭部に酷い衝撃が与えられた瞬間、意識は暗闇に落ちた。





「うっ、…っ…やだ…、いやだ!だしてっ、出してくれ…!」

目が覚めると礼拝堂の中だった。
冷たい床に無機質な空気と… まるで怒っているようにも見える銅像。

(怖い…っ、いやだ…っ)

けど俺の両足には逃げられないように枷がつけられていた。


「アリタ様、祈らないのならば……貴方を神を裏切った邪教徒として裁かなければなりません。どうか分かってください、我々も生きるために必死なのです」

知るか、そんなこと!!
こんな真似許されるはずがない。


「生きたまま火刑に処されるのは、お嫌でしょう」


ーー!!

以前は神子のためにと部屋があったけど、今回は完全な監禁だった。
さすがにトイレと食事くらいは礼拝堂から出してもらえたけど隙を見て逃げようとしたら酷い鞭打ちに遭った。

他所の世界から人を拉致することを躊躇わない人達に何を訴えても無駄で、俺は…… "祈ります…"と折れるまで拷問にかけられる始末だった。


(いやだ、痛い…っ、さむい…っ)


苦しい、だれか… たすけて…。



じっと足元にいる俺を見下す銅像は、笑っている気がした。









ある信徒の記録

神子様が帰還されて半年。
世界の瘴気は薄まり、国には平和が戻りつつある。

そして神子様は祈りだけでなく、その身をもって教会へ尽くしてくれた。



「あ゛、あっ、……いだ、っ、いやっ、いやだぁああ!!」
「神子様、どうか耐えてください」

"が酷い目に遭えば彼を早く助けようと神は早急に動くー…"

司教様はその考えに至り、神子様に魔法を用いた苦痛を与えることにした。

あぁなんと御労しいお姿か……。
泣いて縋る姿に胸が痛まないわけがない。ご自身が育った世界とは異なる世界のため、ここまで身を粉にして頑張ってくださるなんて…神子様は、どこまで慈悲深い方なのでしょう!


平和になった暁には、必ず貴方を幸せにすると誓います。



「お…ねがい、はやく俺を、彼のとこに戻して…」

彼とはおそらくトール神のことだ、と記録しておく。
早くアクゼティアを救ってほしいと願ってくださるのでしょう。礼拝堂に入ると神子様は露骨なまでに安堵の表情を浮かべるのだ。

もしかすると神子様には、我らには聞こえない神の声が聞こえているのかもしれない。


X月X日。
信徒の中から突如発狂する者が現れた。
支離滅裂な言葉を繰り返す、歩き方を忘れたかのように地面を這う…症例は様々であったが、いずれも神子様の体に直接触れた者ばかりで、更には軽い会話をしただけで不調を訴える者が出始めた。


もしや、トール神が怒っているのではないか。


愛しい神子様の苦しむ姿をこれ以上みたくないのかもしれない。
そんな話が教会の中で持ち上がり始めた。



「アリタ様、貴方様のおかげでこの世界はだいぶ落ち着きました。貴方には新しい居住区を用意しようと思います」
「……え、っ」
「いままで苦しい思いをさせてしまい申し訳ありません」

神子様はここから出てもいいの?と、驚きつつも大変喜ばれた様子であった。

「しゃ、謝罪なんていいから…!早くだして…」
「さぁ、足元に気を付けて」

神子様が司教と信徒たちに気遣われながら礼拝堂を出ようとした、まさにその時だった。


「な、なんだ…!?地震か!?」

建物が大きく揺れ始めた。


「ちが、違う!逃げない…っ、逃げたりしてない!」
「神子様…!?」

慌てて礼拝堂へと戻りトール神の足元に跪く神子様。
するとどうだろうか。建物を壊そうとするほどの激しい揺れがピタリと止まった。

「貴方だけです、どこにもいきませんから…」
「神子様…?」
「おねがいです、扉を閉めて… 二人っきりにしてください」


―――― なんということか
我らがトール神は、神子を愛しいと思っているのではなく…

けれどそれは神の御心だ。
我々にはどうする事もできない。茫然とその光景を見守ることしかできず、中に神子を残したまま礼拝堂の扉は閉ざされた。



そして翌日
礼拝堂に神子の姿はなく、代わりに瘴気が生まれることもありませんでした



私利私欲のまま神子に執着したソレが本当に神だったのか
消えた神子はどこに行ったのか

あの方は神の座に招かれたのか、それとも…


そのことには一切触れられぬままこの記録は禁書として保管することにする。

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