聖女と騎士

じぇいど

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祝意

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 ディーラムさんの結婚式が近づいてきた。

 思うところはいろいろあるけれど、ディーラムさんが幸せになるのは素直にめでたい。結婚式もめでたい。花嫁さんと二人で楽しい家庭を築いていってほしい。

 この祝福の気持ちを伝えて、幸せな気持ちのおすそ分けが欲しいから、結婚式に参列したい、って、私、わがまま言ったんだけど、ここで、とんでもないことに気づいてしまいましたですよ。


 お祝い用意してなかったわ!


 といっても、どうしよう。
 私、なんにも持ってないからなあ。


 そりゃ、綺麗な服もアクセサリーも小物も結構いただいてますよ。十分なくらい。お金も、お願いしたらもらえるんじゃないかと思う。言ったことないけど。
 でも、もとは全部私の物じゃないし。いただきものだし。それを、結婚の贈り物として横流しするのはどーよ。どこまで厚かましいの、って感じ。

 かといって、今の私が自力でなにかを調達することはほぼ不可能。としたら――。
 

 なにかを、作るしかないか。


 材料がもらいものでも、それを加工してなにか別のものを作り出せば、それってちゃんと私からのお祝いになるよね? うん。
 けど、これまでろくに裁縫なんてしたことない私が針と糸持ったって、この国の人たちに笑われないレベルのものを作れるとは思えない。

 そりゃ、クロスステッチとか、この国になさそうな技法はいくつか思いつくけどさー。
 作ったことないから見よう見まねの手探りで始めることになることを考えたら、時間がなさすぎる。


 針と糸だめ! パス!


 じゃ、なにがある? 私がやったことのある手芸って。
 頭をフル回転させて記憶を探る。

 中学校のときに、家庭科の授業でレース編み。お世辞にもレースとはいえないほどのくしゃくしゃの糸の塊ができあがったっけ。高校のときは、亜弥にちょっとだけ習った編み物。初心者あるあるで、簡単だといわれたマフラー編み始めて、途中で飽きて放置までが様式美ですね。

 大学のときは、スワロのラインストーンでスマホケースとかデコるのと、マステとかシール使ったスクラップブッキングちょこっとかじったのと、100均レジンでアクセサリー作ったのと……あああー、ダメだ! 全部材料がな――い! マジでこの世界に100均はないのか。ダイ●ーカモン! セ●アプリーズ!!

 
 あっちの世界の知識を生かして、料理とかお菓子も考えたけど、よく知らない人間からもらった手作り口に入れるのって怖いよね。陶芸、木工、彫金……ないない。

 ほんとになにがいいんだろ。やっぱ、どうせならちょっとは喜んでもらいたいよね。
 なにか綺麗なもの、邪魔にならないもの、結婚式という式典にふさわしいもの――。
 式典――って、あ――!  あった!


 二十歳の成人式のとき、私、友達とみんなで、おそろいのつまみ細工のかんざし、作ったことある!
 大人になる記念として、自分たちでなにか生み出したかったんだ。


 うんうん、つまみ細工。あれならここでも出来ると思う。
 記憶を探る。
 確か、カットした布と、土台になる厚紙と、のり――基本はそれだけで大丈夫だったはず。
 後は、アクセサリーにするための金具と、取り付けるための針金。あのときは作るのに工具としてピンセット使ったけど、なくても平気。ちゃみは素手でやってた。


 うん、行ける!


    *


 というわけで、私、現在、言葉の勉強とお茶会定期の他は、職人やっております。

 つまみ細工、よく思い出したよ私。自分をほめてやりたい。
 この国でも簡単に手に入る材料だけど、デザインは和風だから目新しいし。丁寧な作業を心がければ、技術がなくてもそれほど無様な仕上がりにはならないし。

 実際、簡単な見本を作って見せてみたら、メイドさんたちに絶賛されたよ。これまで見たことのない飾りだって。もちろん、多分にお世辞も入っているとは思うけど、あの食いつき方は、リップサービスだけでもないと思う。
 王宮に勤めるメイドさんたちだから、それなりに目は超えてるはず。彼女たちの賞賛に背を押されて、私は自信をもってつまみ細工のアクセづくりに取り掛かった。


 少なくとも、手を動かしていたら、余計なことを考えなくて済むし。


 花嫁さん用にはコサージュ。髪に飾っても胸につけてもいいように。
 ディーラムさんには、おそろいで、一回り小ぶりな大きさにした。ブートニア代わりにできる感じで。

 デザインは、つまみ細工の基本の菊か梅か迷ったんだけど――梅をちょっと変形させた、桜のモチーフに決めた。
 日本を思い出すよすがに。


     *


 用意してもらったのは、薄手のシルクみたいな布。色は白。光沢と艶があって、すごく綺麗。
 それを、恐れ多くもはさみを入れて小さくカットする。
 こんな綺麗な布をなに無残に破壊してるんだ、という気持ちになるけど、そこをぐっとこらえて、3×3センチくらいの正方形の端切れにする。

 で、そのちっちゃな正方形を、三角の半分に折って、それをまた折って……と折り紙みたいに扱って、折りたたまれた小さな三角の部品を作る。それが花びら一枚分。
 途中でカットして尖らせれば菊の花弁になるし、膨らませて丸くすれば梅や桜の花弁になる。
 下部に糊をつけて、厚紙を友布でくるんだ土台に張り付ける。今回は桜だから5枚。
 丸くかわいらしく膨らませて、先端に切り込みをいれるように折り目をつけて、中心には布をこよって作ったしべを張り付けて。


 小さな白い桜が一輪。

 
 初めて作ったときは、目がうるうるして、危うく泣くところだった。

 もう、二度とは見られないかもしれない花――。

 ううん。絶対にもう一度見るんだ。
 帰るんだ、私。


     *


「ほんと、美しい出来ですこと」

 手にした桜のコサージュを見つめながら、ほうっ、とニイマさんがため息をつく。
 えーと、過分なお褒めの言葉、痛み入りますです。

「不思議な細工物ですわよねえ。元の端切れは、恐れながら、鋏を入れないままのほうがよほど綺麗だと思うくらい、ぼろぼろで糸が出たりしているのに……それが、こんな艶やかな花になるなんて、想像できませんもの」

 こう言ったのは、同じくメイドのランネットさん。話しながらも、端切れをつまんで糊をつける作業に余念がない。
 テーブルには、他にも二人のメイドさんが、同じく作業にいそしんでいる。


 私が始めたつまみ細工の内職は、美意識高いメイドさんたちの好奇心をいたって刺激したらしい。
 黙々と作業する私の手元をのぞき込み、質問し、かわるがわる、用を作っては私の部屋へ押しかけてきて――とうとう、女官長の雷が落ちそうになったので、お茶会につきあってもらうという名目で、講習会を開くことにしたの。
 ここ最近は毎日、お茶を飲みながらメイドさん数人と手を動かしている。

 正直、ディーラムさんたちへのお祝いに使う分の桜の花は作り終えちゃったんだけど、私も作りたい! 作ってみたい! というメイドさんたちがけっこういるもんだから、なんとなく続けてる。

 最初、言葉の練習のためにお茶会を始めたときは、聖女の私とお茶なんか畏れ多い! と固辞していたメイドさんたちだったけど、慣れたのか、大勢いれば怖くないの精神か、それともつまみ細工の魅力に負けたのか――今では騎士の同席がなくても大丈夫みたい。
 イッシュさんとかレスターさんが一緒のときとは違って、きゃぴきゃぴしてて女子会みたい。これはこれですごく楽しい。


『聖女様、これはどうすればいいんですの?』
『それはですねー』


 別に私もつまみ細工にすごく詳しいってわけじゃないんだけどなあ。
 あっちでも成人式のときの一度しか作ったことないのに、なんかすごいマイスターみたいにあつかわれて、気が引けるったらないよー。
 けど、そんな言い訳もできずに、曖昧あいまいに笑ってお茶をにごす。


『それにしても、ずいぶん出来ましたよね。お祝いに差し上げた後残った分はどうするんですの?』


 チルフィーヌさんが首をかしげる。


『それなんですけど……』


 私はニイマさんに視線をやった。

『女官長様、なにかおっしゃってましたか?』

 もともと材料は全部用意してもらったもんだから、私が勝手にどうこうしていいのやら。 

『基本的には、聖女様のお好きにしてもらっていい、と』
『基本的?』
『聖女様がお手づから御作りになったものだと知られると、欲しがる人が殺到する、と』

 そっかー。
 うーん、と私は腕を組んだ。

 お世話になってるメイドさんたちに配ってもいいんだけど……できれば、聖女とかそういうのは伏せて、つまみ細工単体の魅力で勝負して、市井しせいで売ってみたいんだよねー。
 売り上げは孤児院とか、救護院とか、そういうところに寄付するんでいいから。

 タダでこんな恵まれた生活させてもらってる罪悪感も少しは減るだろうし、将来――ずっとずっと先の話よ? ここを出ていってもなんとか暮らせるんじゃないか、という自信になるんじゃないか、と思って。


 そうしたら――もう、聖女だとか、誰が誰を殺したとか、誰に憎まれてるとか――そんなこと、考えなくてもすむかもしれない。 
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