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審問
しおりを挟む体調不良で寝込んでたはずなのに、急に起き出してきて『スタイン先生に会いたい』だもんね。
メイドさんたちにずいぶんと心配されたのは当然だと思う。申し訳ないです。
それでも、私の様子になにか感じたのか、言われたとおり先生を呼んでくれた。
*
『大丈夫ですか?』
部屋に入ってきたスタイン先生にも開口一番心配された。
『大丈夫、問題ない、です。』
急に呼び出したことの謝罪を身振り手振りわたわたと伝える。
今日のお供はレスターさん。いつも無表情な彼も、なんとなく眉間に皺をよせている。美形の憂い顔って絵になるなあ。
申し訳なく思いつつも、本題だ、本題。
とりあえず私は聖女だそうだから、ちょっとは偉かったり尊重してもらえたりするよね? これまでは遠慮して聞けなかったいろいろ、話してもらいやしょうぜ旦那!
『でも、問題は、あります。聞きたいです。いっぱい』
そう切り出すと、スタイン先生の表情が真顔になった。
『はい、なんでしょう』
『聖女、とはなんですか?』
どう尋ねるかは、いろいろと考えてみたんだけど、まだうまく言葉が使えない以上、もう、超どストレートに行くしかないって割り切った。小細工してみても通じないでしょう。
案の定、スタイン先生はいつかこう質問されることを予想していたらしく、よどみなく答える。
『聖女とは、聖なる御方。我が国にとって、とても大切な御方です』
『大切、なぜ? 力、あるから? なにか?』
『そうです。聖女とは、我が国が *** ***** 救う御方なのです』
あー、わかんない単語混じったー。
はい、くねくね身振り手振りタイムです。
*
ここ大切なとこだから。試験に出るとこだから。誤解のないようにたっぷり時間をかけてとことん追求した結果、いつのまにか、部屋に灯りがともる時間になっていた。スタイン先生ごめん。レスターさんすまぬ。長時間拘束して申し訳ないです。
気が済むまで尋ねまくった結果、次のようなことがわかりましたですよ。
まず、聖女とは、この国――リスタリアっていうんだって。王様がいるから王国ってとこかな――が危機に瀕したときに現れ、救う存在、なんだって。
で、今回の危機は、戦争ね。
昨日の国葬でも思ったけど、ものすごくたくさんの人が亡くなった戦争が勃発して、結構この国は危うかったらしい。
で。それでですよ。
その危機を救ったのが、他ならぬ私、なのだそう。へー。
つい他人事になっちゃうのは、もちろん私にまったくそんな記憶ないから。
何度も何度も繰り返し確かめたよ。本当にそれ私なのか、って。
しかも過去形! これから救う、んじゃなくって、もう救った、ってスタイン先生はのたまうのよ。
・・・いったい私、なにしたのよ。
で、なんかしらないけど、私のおかげで無事に戦争は終結。すでに払われた犠牲についてはどうすることも出来ないけれど、とりあえずこれ以上の危機は去った。それで、リスタリアの国民をあげて感謝している、聖女万歳、ということで、現在のこの好待遇だというわけらしい。
ただ、敵国にとっては憎い敵だからね。万が一、ということもあるし、どうせならどうしてもっと早く救ってくれなかったんだ、と逆恨みする国民もいないとは限らない、という理由で、厳重に警護をつけているんだって。
今後、そのよくわからない聖女としての力を使わなきゃならないことがあるのか、と尋ねたら、たぶんそれはもうないでしょう、と言われた。また戦にでもならない限り、必要とされる力じゃないから、って。
だーかーらー。私いったいなにしたのー!?
戦争じゃなきゃ必要のない力って、なにそれ! 怖すぎるんですけど!
でも。
知らないのも怖い。記憶にないけど、私はなにをしでかしたのか。
その答えを聞いて、絶句した。
私、敵国の軍隊を、殲滅したんだって。
それも、十万単位の。
はい?
*
最初は、全然ぴんとこなかった。
私は敵の軍隊を滅ぼしました。だから聖女としてあがめられています。へー、そうなんだ、すごいことやったのね私。
いったいどうやったらそんなことが出来るんだろう。あれか? 異世界転移したときの剰余エネルギーが暴発したとかなんとかで、結果的にそんなことになっちゃったのかな。
それって私がやったわけじゃないじゃん。たまたまだよね。偶然。私、巻き込まれただけで。でも、ここの人たちには私がやったように見えてるわけで。
私が、この国を救った、と。
何十万もの人を、虐殺して――。
その意味が理解できたとたん、胃の奥がひっくり返ったかのように激痛が走った。
私、人を殺したの?
それも、ものすごくたくさんの。
うそ、なにそれ。
昨日見た大勢の人の群れが目に浮かぶ。
大切な誰かの死を悼む人々。あれと同じ光景が、どこか遠い国でも繰り返されてる。
それが――私のせい、なんだって。
一人殺すと殺人者だけど、千人殺せば英雄――。どこかで聞いたそんな言葉を脳裏に浮かべながら、私はたまらず嘔吐した。
知らない。
私、聖女なんて、なった覚えない。
たまたま不幸にして異世界に来ちゃっただけの、迷子にしか過ぎないんだから。
倒れる人馬。飛び散る手足。むせかえるような血のにおい。光の中、溶ける身体――。
自分の想像力をこれほど恨んだことはない。
昨日からなにも食べていなかったせいで、胃液しか出てこなくてちょっとだけほっとする。
さすがに男性二人の前でゲロゲロは嫌だ。けれど、胃液すら出てこなくなっても嘔吐感は止まらなくて、ひたすらえずく。えずきまくる。
スタイン先生が焦ったように私の背を撫でてくれるんだけれど、それさえ嫌悪感が湧く。
いやだ、放っておいて。触らないでよ。私、聖女なんかじゃないんだから。
でも、振りほどく余裕すらなくて、えっ、えっ、と吐き気に襲われていたら、視界の隅で、レスターさんが近づいてくるのが映った。
やだ。来ないで。一人にして。
心の中でそう悲鳴を上げた瞬間――なにかが後頭部に振り下ろされた。
衝撃。
そして、暗転。
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