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660.氷竜5

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「えっと、アル」
立ち上がれない程の痛みは与えていないはずだった。
シエンナは心配になり、身を屈めて誠一の顔を覗き込んだ。
殴られた頬は腫れており、誠一の表情が死んでいた。

「こんな死ぬかもしれないことに
自ら首を突っこんでする必要なんてないだろ。
適当に稼ぎながら暮らすのも悪くないだろ。
何がこんなことを僕らに強要するんだよ」

誠一の独り言のような独白にどんな表情で
どう答えていいかシエナには分からなかった。
しかし、彼女の心に一つだけ灯されたことがあった。
こんなの私が好きで好きで仕方なかった
アルフレート・フォン・エスターライヒじゃない。

ドクン、ドクン心臓が高鳴った瞬間、
シエンナは、感情の赴くままに叫んだ。
「いいよ、それでも私はアルと一緒にいるよ。
でも本当にそれでいいの、ねえいいの」

死んだような声で誠一が再び呟いた。
「いいよ、それで」

「嘘、嘘ばっかり。じゃあ何でそんな声で言うのよ。
馬鹿、バカ。ほんとはリシェーヌに会いたいんでしょ」
シエンナはそこで口を噤んだ。
瞳からぽろぽろと涙が零れ始めた。
心の中で貧乏くじの称号が輝き、彼女の思いを後押ししていた。
言いたくないけど、その言葉を自分の口から言うことが
悔しいやら悲しいやらで涙が零れてしまった。
彼に何があったのか分からない。
でも言って再び気づかせないと自分の愛した男は
このまま心が折れたままのような気がした。

だからその言葉を口にした。

「ホントに馬鹿、あなたは、
アルフレート・フォン・エスターライヒは
リシェーヌをあい、むぐぐっ、ひゃ冷っ」

その言葉をシエンナに言わせることが
どんなに残酷なことであるか誠一でも分かっていた。
そしてその苦しさを我慢してでも
自分を立ち上がらせようとするシエンナに
そんな思いをさせたくなかった。

だから、誠一は何とか身体を動かした。

「シエンナ、雪は食べないで吐き出して。
煮沸してないないと危ないから。
身体を冷やしたり、何て言うか水毒で下痢するかも。
戦闘中にお腹がごろごろして漏らすのはまずいでしょ」

誠一の表情と見て言葉を聞いたシエンナも立ち上がった。
何とかぎりぎりの所で踏みとどまって
立ち上がってくれたとシエンナは思った。
それが嬉しくて、シエンナは自然と微笑みが零れた。

 誠一は晴れやかな気分になった訳ではなかった。
しかし、歳下のシエンナにここまで言わせて
立ち上がらない訳にはいかなかった。

「さてと、戻ろうか」

「アル、ちょっと、そのあの」
シエンナが立ち止まり、まごつきながらも
何かを言おうとしていた。

誠一はそれに気づき、立ち止まり、振り返った。

「アル、そのの、そのね。
アルの気持ちが沈んでいるとき、
そのエッチして気が紛れるなら、そのいいよ」
言い終えたシエンナの頬は膨らみ、桜色に染まっていた。

誠一はついつい笑ってしまった。

そしてシエンナに伝えた。

「それじゃあ、毎日、気分を沈ませようかな。
そしたら、毎日、シエンナとエッチできるね」

「はっ、はわわわ。何、バカな事を言っているのよ。
どれだけ心配したと思っているのよ」
桜色の頬が赤味を増し、真っ赤になっていた。

「シエンナ、ありがとう。戻ろう」

誠一に笑顔が戻ると、シエンナは嬉しそうな表情で
誠一の後を追った。吹雪は既に止んでいた。

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