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485.王国の事情

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主城の大広間には、ヴェルトール王国の主だった者たちが集まっていた。
倒れたナージャの後を引き継いだ現国王の女王バリーシャは、
苦虫を噛み潰したような表情で集まった諸将、宮廷魔術師、文官を
一言も発することなく睨みつけていた。

前女王ナージャのような包み込む様な優しさを
微塵も感じさせぬ顔つきだが、鋭い眼差しは人々に
己の意思を押し通す断固たる決意を感じさせた。
人によっては酷薄と感じられるようであった。

 広間には北関陥落により撤退してきた侯爵ドレルアンを
始めとした諸将もいた。
殿を勤めるアーロンは未だに主城の門をくぐっていなかった。
バリーシャは、未だに荒野を撤退中の軍の安否を
気にする様子もなく、ドレルアンたちに
労いの言葉一つかけることはなかった。

「女王。そろそろお言葉を頂きたく。
私も暇な身ではございませんので。アー早く本読みたい」
場の雰囲気にそぐわないのほほんとした声が
紫色のフード奥より発せられた。

ややつり目のバリーシャの目尻が更につり上がった。
「ジル、それが第一席宮廷魔術師の言葉か!
今の王国の現状を憂いて、献策するのが貴様の立場だろう。
書庫に籠って本を読み漁るのが貴様の仕事ではない」
現女王の辛辣な批判を受けても
特に態度を改める訳でもなく飄々としていた。

第一席を批判するような言葉がそこかしこで囁かれた。

「ぷぷぷっ流石は、『王宮書庫のアーカイブ』二つ名に違わぬ態度」

「はあ、毎度のことながら、ジルベルトール殿にも困ったものだ」

「あれで第一席とは。
ファウスティノの魔術院の教育方針が良からぬ証拠よのう」

「まあまあ、毎度の事であるが、あれはあれで話が進む」

バリーシャが一度、手を叩くとざわめく広間は静まった。
「それでだジル。
書庫に籠って本が読みたいならば、
現状を打開する策を申すがよいだろうな」

フードの奥からくぐもった声が再び発せられた。
「女王のお言葉はまさに金言でございます。
さっさとこのくだらない乱痴気騒ぎを収めましょう。
ほんと本読みたい」

バリーシャが続きを促した。

「北関から主城に至る街道に両軍が展開できる平野部が幾つかございます。
そのうち最も主城に近し場所に軍を展開して雌雄を決しましょう。
これ第一案。

反乱軍の首領であるダンブルに北関を境界線として、
停戦の交渉を持ち掛けましょう。
これ第二案。

現在のところ反乱軍にダンブルに代わる象徴となる人物はおりません。
調略等を駆使してダンブルを暗殺しましょう。
反乱軍は四分五裂して、消滅するでしょう。
これ第三案。
まったく本読みたい」

バリーシャは腕を組んでジルベルトールを睨みつけた。
鋭い彼女の眼光がフードの奥に隠れる彼の瞳を捉えることはなかった。

そもそも女王の眼前でフードを被ったままであることが、
王宮では批判の的であった。
第一席就任時の条件であったとしてもそれを実際にするのは
如何なものかという批判は消える事無く常にあった。
無論、彼が話す度にこの広間でも眉を顰める諸将や貴族はいたが、
それがジルベルトールの眼に映ることはなかった。
フードの奥で彼の瞳は閉じられていた。
本を読む時以外は、極力、まぶたを閉じて目を休ませる彼の癖のためであった。

「3案とも実施する。ジル、貴様、試したな。
まあ、良い。大将軍、軍の編成を急ぎ進めろ。
堂々たる会戦でヴェルトール王国が
大陸最強と呼ばれる所以を示してやれ。
宰相、暗殺の件は失敗してもよい。兎に角、進めろ。調略も同時にな。
北関を手土産にダンブルに降ったあのアホウの居場所をなくしてやれ。
それとくっくっくっ、時間稼ぎの停戦交渉か!
ならば、高名な吟遊詩人に謳われた男が確か帰参していたよな。
純白もしくは真紅のローブ、鎧でも用意して、使節団に参加させるか」

バリーシャの瞳は凛として輝き、顔つきには、勝気な表情が戻っていた。

「大筋は確定だ。各々、詳細が決まり次第、我に報告して、行動に移せ。
会議は解散とする」

大将軍、宰相、第一席宮廷魔術師を始めとした諸将、
高官は立ち上がり、敬礼をした。

「我が君に捧げますこの魂。ヴェルトール王国万歳」

会議は終わり、バリーシャの退出と共に各員、慌ただしく動き始めた。
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