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38.拷問部屋

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ゆらり、室内の影がゆれた。
柔らかい風が舞うと、
魔術師ファウスティノ・ソリベス・セドゥが
室内に現れた。

尋問官が慌てて、立ち上がり、敬礼をした。

「よいよい、楽にしなさい」
声は優し気であったが、表情は険しいものであった。
元講師は、学院長を見ると、笑い声が収まり、
小刻みに震えながら、視線を合わせようとしなかった。

「ふーむ、優秀であった男がここまで
様変わりするとはのう。いまだに信じられぬ」

「きっ貴様は、その存在が我が君の
覇道の妨げになるぅー。
ここで死ねぇ」
歯の砕ける音がした。黒目がくるくる回り始めた。

元講師は、拘束具を引きち切った。
肥大化した肉体は、筋肉が隆起して、
血管が浮かび上がり、全身の毛が抜け落ちていた。
「ぐおおおぉー」
地下室に響き渡る雄叫び。
その響きの後に他の部屋からも雄叫びが響き始めた。
「これはいかん。他の部屋の尋問官に
逃げる様に伝えないさい」

「はっ」
尋問官は短く返答すると、すぐさま、部屋をでた。

「ぐぐぐぅ。貴様の大好きなこの筋肉を
見て尚、負けぬと思うか!死ね」

筋肉が収縮したと思うと、引き絞られた矢のように
学院長に向かって、元講師は突進した。

「大気よ、その動きを封じよ。空牢郭」

突然、元講師の動きが止まった。
そして、その場から、同じ姿勢で
全く動けなくなっていた。

「さて、どうしたものかのう」
彼の才能を惜しむ気持ちもある。
しかし、いかがわしい組織に属して、
学生を傷つけたことは許さざることであった。

学院長は疲れたような面持ちで、
情報を得るために彼の脳へ直接、
繋がる魔術を使うことを決心した。
恐らく脳を覗かれることで、
十中八九、半狂乱の態で死ぬだろう。

「おいおい、じいさん。
耄碌したのかよ、情に流されるとか、
あり得なくないか。
冷徹になれよ。罪は罪だろう」
ふと、学院長が耳を澄ますが、
他の部屋からの雄叫びは聞こえてこなかった。
聞えるのは、目の前にいる壮年の戦士の
笑い声だった。

「フリッツか。ふん、お主に言われるまでもない。
黙っておれ」
学院長はそう言うと、杖を構えて、フリッツを睨みつけた。
「あまりに干渉するようならのう、
王国の戦士とて、ただでは済まさぬぞ」

「おいおい、冗談だろっ。
本職の戦士に得物で挑むとか、ないわー。
バッシュを消耗させるために
城内の衛兵や戦士を犠牲にした
冷徹な男とは思えんぞ」
フリッツは、おどけているが、警戒を
解いていなかった。

室内は、静まり返り、両者微動だにせず、
光の揺らぎと両者の影の揺らぎのみ動いていた。

生まれながらにして、レジェンドレアの
勇者フリッツ、片やノーマルより
血反吐を吐くような努力で
ウルトラレアまで成長した大魔導士ファウスティノ。
バッシュ討伐時、お互いに協力し合ったが、
その後、志す先を違え、両者の仲は、良好ではなかった。

フリッツは、元女王に溺れ、王国の繁栄のため
というより、元女王に盾突く者には
老若男女問わず、苛烈に対応した。
その行き過ぎた行動にファウスティノは、
常々、異を唱え、津の間に溝が出来てしまっていた。

ファウスティノは、次代を担う若者の育成に
生きがいを感じ、多大な時間を割いていたが、
フリッツは、それをファウスティノの
才能の浪費と断罪し、国政に参加するように
何度も説得したが、首を縦に振らぬファウスティノを
道理の判らぬ偏屈者と見なしていた。

「何度も夢想するな。
半生を血の出るような努力でそこまで
上り詰めた男と将来を約束された天才の努力、
どちらが強いか試してみたいものだ」
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